「ついてこないで!」

 強い口調で言われ、俺の足は自然と止まる。小さくなっていく彼女のうしろ姿を見送るしかできなかった。

 やっとの思いで松雪屋に戻れたのは数分経ってから。

 ドアを開けるや否や、待ち構えていた栄臣が詰め寄ってきた。

「おい、大翔! どういうことだ! なんで桜花を泣かせた!」

 今にも殴りかかってきそうな勢いの栄臣に、「それは俺のほうが聞きたい」と本音を叫ぶように言った。

「俺だって混乱しているんだ。……そもそも俺が大切な桜花を泣かせることをすると思うか?」

「それは……っ! ない、な」

 やっと冷静になったのか、栄臣は俺との距離を取る。

「悪い、桜花の泣いている姿なんて久しぶりに見たから……」

「いや、大丈夫だ」

 両親が亡くなってから記憶を失ってしまった桜花を誰よりも心配し、支えてきたのは栄臣だ。俺が逆の立場でも同じことをしただろう。

「ところで桜花が言っていた大場さんって誰のことなんだ?」

「職場の同僚だ。でも、桜花との接点などないはずなんだ。それなのに、なぜ桜花はあんなことを言ったのか……」

 ふたりで頭を抱えるも、当然答えなどでるわけがない。