師走の忙しい時期を終えたと思ったのも束の間、息継ぐ間もなく多忙な日々を終え、やっと落ち着いた一月中旬。
 祖母に「繁忙期、頑張ってくれたご褒美に美味しいものをご馳走してあげる」なんて甘い言葉に誘われてついてきたのが運の尽き……。

「もう少しで先方さんも来るから待ちましょう」

「え? 先方ってなに? どういうこと?」

 困惑する私の隣で祖母は、優雅にお茶を飲みながらしれっととんでもないことを言った。

「それはもちろんあなたのお見合い相手よ」

「お見合いって……聞いていないよ?」

 絶句する私を見て、祖母は七十代とは思えないほど美しい笑顔を見せた。

「お見合いだって言ったら来なかったでしょ? だから秘密にしていたの。自分では若いと思っているかもしれないけど、あなたの年頃に私は一児の母だったのよ」

 これは祖母が私に結婚を強要する常套句。ここから毎回長々と話が続くとわかっているから気が重くなる。

 私、松雪(まつゆき)桜花(おうか)の実家はベリが丘の櫻坂エリアに所在し、百年以上の歴史がある老舗呉服店、松雪屋だ。
 創業者の〝すべての人の美しさを引き出す〟という意思を代々受け継ぎ、今もお客様ひとりひとりに合った着物を提供することを大切にしている。

 松雪屋を切り盛りしているのは三歳年上の兄、松雪(まつゆき)栄臣(えいしん)だ。兄は一年前に結婚し、義姉のお腹の中には新しい命が宿ったばかり。
 そういうこともあって私が二十五歳を迎えた半年前から祖母の〝早く結婚しなさい〟攻撃が始まったのだ。

「いくら栄臣があなたを可愛がっているといっても、栄臣も家庭を持っていて、来年には子供も生まれるの。そうなったら桜花をかまっている暇もなくなるわ」

 祖母はため息交じりに言うが……。