「マリア、昼間のぞき見してたでしょ」

「まさか、そんな事しませんよ」

「その顔が証拠です」

「うふふ、仲睦まじいようで私は安心しましたよ」


 全く。気が付いたらいなくなってたりと本当にマリア酷いんだから。

 それでさ、マリアさんよ。


「もう寝るだけなのに、それは何ですか?」

「え? 何の事でしょう?」

「それ!」


 今手に持ってる外出用の上着! しかも私の! 何でそんなものを持ってるのよ!


「さぁ~どうしてで……」


 マリアが言い切る前に、コンコンとこの部屋のドアがノックされた。開けていいか、と聞いてきたこの声は、タクミだった。さっきおやすみなさいしたよね?


「外、行こ」

「え? 外真っ暗だよ?」

「いいから」


 全く意味が分からず、さっきマリアが持っていた上着を着せられてしまった。寒いからと2枚も。もこもこじゃん。

 行ってらっしゃいませ~、と笑顔でマリアに送り出されてしまった。


「どこ行くの? もうこんな時間だけど」

「いいから」


 全く教えてもらえず、玄関まで着いてしまった。やっぱり外に行くのね。じゃあどこに行くんだろ。町まで行くのかな。

 実は今私外出禁止なの。郵便事業で視察に来ている事になっているから、見つかってしまったら何でこんな所で遊んでるんだろうって思われちゃうからだ。


「うわ、マリアさんの仕業だなこれ」

「うわぁ、凄い」


 外に出て、庭の方に進むと道の両端に明かりの魔道具が並べられていた。え、これマリアの仕業? でも外出する事は知ってたみたいだし。


「まぁ、足元がよく見えていいけどさ。ほら行くぞ」

「庭に何かあるの?」

「らしいぞ」


 ん? らしい? じゃあタクミは知らないの?

 そして辿り着いたのは、昼間お茶をした東屋だった。テーブルの上にも天井にも明かりの魔道具があって明るい。ここに何があるのだろうか。

 と、思ったら。空に指を指したタクミ。


「え……!」


 空には、真っ直ぐに線を引かれたように集まっている星が見えた。え、なにこれ凄い!


「屋敷のバルコニーからだと位置的に見えないらしいんだ。こっからだと全部見えるって教えてもらったから来たんだけど、これは凄いな」

「こんなの初めて見た。写真とか絵とかでしか見た事ないけれど、本物を直接見るのとでは全然違うね」


 夜なのに全然明るい。流れる川のように星が集まってるんだけど、所々に大きな星がいくつもあって。白とか、青っぽいのとか。いろんな色がある。

 首都では見た事のない、迫力って言うのかな。とっても綺麗。これをあの魔道具で絵にしたとしても、きっとこの美しさは絵の中に納められない。実際に見る事で、この夜空の美しさを体感できる。


「これ、ずっと見ていたいかも」

「風邪引くぞ」

「え~、でも勿体ない」

「俺が夫人にアヤメが風邪引きましたって報告しなくちゃならなくなるんだけど?」

「我儘やめます、今目に焼き付けます」

「よろしい」


 でも、今度はお母様達と来て一緒に見たいな。これって季節とかってあるんだよね。じゃあ来年になっちゃうかな。でも、この景色の他にも綺麗な景色はあるんじゃないかな。じゃあ、いろんな景色を見てみたい。


「この前、アヤメ結婚は早いって言ったろ」

「え?」


 いきなり、そう言い出したタクミ。この前、とはあの素敵なドレスでお披露目パーティーに行った時だ。


「確かに、出会って数ヶ月しか経ってないから少し早いって思ってる」


 その一言で、すぐに何の話かが分かってしまった。


「でも実を言うと、俺としては時間は関係ないんだ。一生一緒にいたいのは、アヤメだけなんだ。他は絶対にあり得ないんだよ」

「……」

「これは俺の我儘だって分かってるけど、もたもたしててアヤメを取られる事も、パートナーがいないせいで他の奴らに目を付けられるのも嫌なんだ」


 そうして出してきたのは、小さくて四角い箱。中身が何なのか、分かってしまった。

 開いたら……思った通りの、指輪だった。ここは明かりがあるし夜空で明るいからよく分かる。とても素敵な指輪だってことが。


「受け取っても受け取らなくてもいい。ただこれは、俺は心の準備が出来たって意味だから。後はアヤメ次第だ。だけど、決して急かしてるってわけじゃない。これはこれからの自分の将来を決める大切な事だ。だから、今の気持ちだけ聞かせてくれ」


 受け取っても受け取らなくてもいい、か。こういう時でも気遣ってくれるのは本当にタクミらしいな。


「……桜、だね」

「アヤメの故郷にある花なんだろ?」

「うん」


 ピンクの小さな宝石が花びらの形を作ってる。本当に、地球の桜を思い出させられる指輪だ。


「私、最近タクミのが移っちゃったの」

「俺の?」

「私、嫉妬しちゃうんだよね……パーティーでも、お店でも。ほら、ご令嬢とかが来るでしょ?」

「え、嫉妬すんのか」

「するに決まってるでしょ。イケメンだし料理最高だし優しいしカッコいいし。もし誰かに取られたら嫌だもん。だから、いっその事もう捕まえちゃえばいいんじゃないかなって思ってた」

「あはは、結局俺と一緒じゃん」

「うん、一緒。だから……タクミ・ナカムラさん。私にその指輪、くださいませんか」

「もうこれ、アヤメさんの指にしか入りませんよ。絶対幸せにする、絶対離さないから」

「こんな素敵な人から離れるほどの馬鹿じゃないから安心してね」

「あはは、そりゃよかった」


 その指輪は、私の指にピッタリ収まった。一体いつサイズ測ったのかしら。

 どうしよう、ママ。すっっっごく嬉しい。ママにも見せてあげたい。

 でもそれは叶わない事だから、仕方ないよね。だから帰ったらお母様達に報告しなきゃ。


「タークミっ!」

「え、うわっ!?」


 嬉しすぎてついタクミに飛びついた。ちょっと勢いありすぎたかなとか思ったけれどタクミは鍛えてるから大丈夫。ちゃ~んと支えてくれた。

 お礼の意味を込めて、自分からタクミにキスをした。昼間もやったけれど、まだちょっとこれは恥ずかしい。でも今度はタクミからしてくれた。


「ありがとう」

「喜んでくれてよかったよ」


 この幸せを噛みしめるように、彼の首に手を回してぎゅ~っと抱き締めた。すると彼からも抱き締める手を強くしてきた。


「ふふ、あったかぁ~」

「お前、寒いんだろ」

「全然大丈夫、こんなに着込んでるもん」

「油断禁物、風邪引く前に戻るぞ」

「はぁ~い」


 絶対に、私はこの日を忘れない。この幸せも、この綺麗な夜空も。