「旅行に行きましょ♡」


 満面の笑みで言ったお母様の一言で、私は只今馬車に揺られています。

 そして、同乗者はというと……


「夫人も大胆なことするよな」

「私もそう思うよ。しかもなんか追いやられた感」

「何々、仲間外れにされて拗ねてんのか? 可愛いね~アヤメちゃんは」

「タクミも同じだからね、分かってる?」

「わぁかってるって。だからここに乗ってんじゃん」


 そう、同乗者はタクミです。

 お母様が言った通り旅行に行くわけなのだけど、表面上は私の郵便事業である【フラワーメール】の視察。だけど本当はアドマンス家所有の別荘に逃げるという事だ。

 何か王妃様に呼び出される前に仕事を理由に逃げてしまえ、という事らしい。

 でも逃げているだけでは何にもならないため、首都でお母様と王太子殿下が何とかしてくれるらしい。

 因みに言うと、お母様達が噂を耳にした後大変だった。


「ウチのアヤメちゃんの気持ちを無視してこんな事するなんて……やっぱり怒鳴り込む? フェレール候に声をかけて、貴族派になってみる?」

「え”っ」


 え、フェレール団長とお父様が貴族派!? こ、この国ってお父様とフェレール団長が王族派だから貴族派が大人しくしてるんだよね。で、でも貴族派になるなんてなったら……


「今回ばかりはティアに同感だ。アドマンス家は王家の剣として長年仕えてきた。だがウチのアヤメの気持ちを踏みにじるなど言語道断。かくなる上は……」

「ストップですっ!! お父様っ!! これ以上は言っちゃダメっ!!」


 その先の事は聞いちゃダメな気がした。だから頑張って抑え込んだ。その後帰ってきたお兄様も顔が怖かったので何とか丸め込んだけど。

 あ、そうそう、最近覚えたの。こんな感じでちょっとぶりっ子みたいな顔でお願いするの。そんな事、しないでください。と言ってみるとお母様達は黙るのよね。


 何とか抑え込んだけれど、まさか旅行に行ってこいと言われるとは思いもしなかった。あの後殿下の事情を知ったお母様にケツを叩かれた殿下は、積極的に表に出てプリシラ嬢とお話ししていくとのことで。

 それと同時に、アヤメ嬢とは何もないですよ~と言いふらす予定なのだとか。

 だからって邪魔だからとあからさまに言われるのは、ねぇ。私も何かしたかったのに。

 因みにタクミは、お母様から私が大人しくしているようにちゃんと見ておくようにという任務を課せられ同伴することとなったらしい。私はそんなに子供じゃないですよ、お母様。


「ま、思わぬ休みをもらっちゃったからには有効活用しなきゃな」

「有効活用、ですか」

「遊ぶに決まってんだろ」


 ……皆さん頑張ってるっていうのに私達は遊ぶんですか。いいの?


「だって旅行って言われたんだろ?」

「うん、まぁ、そうだけど」

「じゃあいいじゃん」


 う~ん、まぁ、私に出来ることなんて首都を離れるくらいしかないしなぁ。ま、いっか。


「寝てていいぞ、昼飯の時起こしてやるから」

「いいの?」

「朝、早かったろ」


 端に寄って膝を叩くタクミ。え、そこに頭を乗せろって? まぁ馬車は揺れるから壁に頭付けると痛いし。だけど、足痺れちゃわない?


「何、照れてんの~?」

「う……痺れても知らないからね」

「だーいじょうぶだって、ほら」


 馬車は広いから簡単に横になれた。いやぁ、お金のかかってる馬車はいいですね。マットレスふかふかだから寝心地がいい。という事でおやすみなさい。



 私達が目的地である別荘に到着したのは夕方ごろ。一日で着いちゃったけれど結構距離があったの。道が良いから早く着いたって事だね。


「お待ちしておりました、アヤメお嬢様、ナカムラ様!」

「ようこそいらっしゃいました!」


 ……なんか、とても歓迎されてる? キラキラさせている視線がぐっさぐっさ刺さるのはどうしてだろう。いきなりできた娘だから戸惑っちゃうかな、って思ったけれどデジャヴ。マリアが言っていた通り大歓迎だった。

 お手紙で色々と伝えてくれていたみたい、タクミの事も、事情も知っているみたい。よかったぁ。


「ナカムラ様、お夕食は如何いたしますか」

「私が作ってもいいんですか」

「ナカムラ様はアヤメお嬢様の専属料理人だとお聞きしております」

「あらー、それは困ったな」

「どうせ包丁他諸々持ってきてる癖に」

「バレた? じゃあ何が食べたいですか、お嬢様」

「……照り焼きチキン」

「りょ~かい! という事で厨房お借りしますね」

「どうぞお好きなようにいくらでもお使いください!」


 皆さん、目が光ってますよ。これはまさか、タクミの料理が目当てか? まぁここにまで噂は広がっている事だろうし。スフェーン料理の噂。サミットで会食担当しちゃったんだもん、そうなるか。

 じゃあまたね、と玄関で彼と別れてマリア達と貸してもらう部屋へ向かった。屋敷の内装は何というか落ち着いた感じ。首都の屋敷も、領地の屋敷も良かったけれど、こっちも良いかも。あとで散策でもしてみよう。なんか、こっちの滞在時間結構長いみたいだし。

 実はちゃんとした日にちは聞いてなくて、帰るタイミングは頃合いを見てお母様が手紙を送ってくれるみたい。一体どれだけ滞在する事になるのか全く見当もつかない。


「わぁ……! 素敵!」


 青を基調とした家具が揃った部屋。アドマンス家のイメージカラーって青じゃない。ほら、私達が使う手紙の色も青でしょ? だからこの部屋を使わせてもらえるなんて、とっても嬉しい。


「いいですかお嬢様、今回は郵便事業の視察となっていますが本来の目的は休暇です。ですからお仕事の事は綺麗さっぱり忘れてお休みを楽しみましょうね」

「は~い!」

「はぁ、お返事は良いのに気が付けば押し花と言い出すのですから困ったものですね。何かあればナカムラ殿に言いますので、それは頭に入れておいてくださいね」

「え”っ!? それはダメ!」

「ですから、お仕事の事は忘れてくださいね」

「……はい」


 マリア、ずるい。最終兵器を投入する気ですか。あぁ、だからお母様はタクミを一緒に行かせたのね。私の事分かっていらっしゃいますね。でもいいじゃないそれくらい、だってここに来たのは初めてなんだからお庭には知らないお花とかあるかもしれないし。ちょっとだけよ、ちょっとだけ。

 少ししてから夕食の時間になり食堂に案内された。部屋の広さはあまりない。けど広すぎてもなんか寂しいからこれくらいがちょうどいいよね。しかもテーブルには私とタクミしかいないし。どうせだったらマリア達も一緒にって思ってるんだけどそれは絶対ダメって強く言われちゃったし。残念。

 あ、実はですね、今回もちゃ~んとお箸を持ってきています。ここにはナイフフォークスプーンしかないからね。


「ん~~~! おいひぃ~~!」

「ぶっ……」


 あの、吹かないでくださいませんか。ただ感想言っただけじゃないですか。即答したからってそこまで面白がらなくてもよくない?

 そりゃあ、淑女らしからぬ反応だって知ってはいるけれど、これは仕方ないじゃない。美味しいんだから。……あの、周りの皆さん。その視線やめてもらっていいですか。確かに美味しそうな料理を前にしたら視線を外せないのは分かるけれど、お仕事終わったら美味しい美味しいご飯なんですからその視線をやめて下さい。