お腹いっぱいにカレーライスを平らげ、私とマリアは屋敷に向かって馬車に揺られている。ジルベルトは外だけど。さて、どうしたものか。でもタクミと約束してしまったからには言わなければならない事で。


「あのね、言わなきゃいけない事があるんだけど……」

「言わなくてはならない事、ですか?」


 何かございましたか? と心配されてしまった。その、ですね……と口をもごもごしつつ、決心して目を合わせた。


「彼氏、出来ちゃった」


 少しの沈黙、そして……


「えぇぇぇぇ!?」


 うん、そうなるよね。分かってた。けど、はっ! と何か思い出したらしい。何か思い当たる点があったのだろうか。私的には、思いつかないけれど……あった?

 聞こえてきたマリアの大きな声で何事かと思ったらしいジルベルトが、何かありましたかと窓の外から聞いてきた。何もないよ、と苦笑いしてしまった。

 相手を伝えると、何だか納得したような、そうでないような。うん、バレてた?


「奥様には?」

「これから、です……」

「では着いたらすぐご報告いたしましょう。早い方がいいですから」


 何言われるかな、怒られちゃうかな。私アドマンス家の令嬢だもんね、勝手な事しちゃダメよって怒られちゃう?


「大丈夫ですよ、きっと奥様は反対しません」

「ほんと?」

「えぇ」


 マリアがそう言うなら、と少しは安心したけれど、不安はまだ残ってて。大丈夫かな、と内心心臓バクバク。帰ってすぐに向かったお母様の仕事部屋のドアがいつもよりとても大きく見えた。

 緊張の中、ノックをしてお母様に話を聞いて貰った。

 大丈夫かな、とドキドキしてても冷たくなっていた、のに……


「あら~アヤメちゃんに恋人! しかもタクミ君! も~お似合いじゃな~い♪」


 ……あれ?

 なんか、喜ばれてる……?


「ねぇねぇいつなったの? どっちが告白したの? 何て言ったの!」

「あ、えぇと……」


 お母様、ちょっと落ち着いてくださいませんか……?


「も~娘と恋バナするのが夢だったのよ~! 明日、一緒にお茶しましょ!」

「あの、お仕事は?」

「そんなの後よ後! こっちの方が重要でしょ!」


 お仕事を、そんなのって言っちゃった……何かデジャヴってるのはどうしてだろう。いいの、かな?

 私もお仕事あるんだけど、それはセバスにでもやらせなさい、と。因みにセバスさんとはここの執事さんである。ありそうな名前よね。


「あの……それで、月曜日、遊びに行ってきても…」

「デート!」

「あ、まぁ、はい」

「んも~いいに決まってるじゃない! こうしてはいられないわ、今からリアのお店に行きましょ!」

「え”」

「デートにおしゃれは付きものよ! ほら、準備しましょ!」


 想像と全く違った展開になってしまい、私はどうしたらいいのか分からなかった。ただ、許可を頂ければって思ってただけなんだけどなぁ……

 でも、なんか楽しそうだし……いっか。


「お母様、あの……お父様には?」

「あぁ、バートには言わなくてもいいわ。ただ煩いだけよ」

「え……」

「どうせ恋愛とか全く分からない人だから、無視していいわ」


 お父様、お母様にこんな事言われてますよ。いいんですか。

 でも、今日帰ってきたら、どんな顔をしたらいいのだろうか。怖いな。お父様も、そしてお兄様も鋭いから。

 ずーっと馬車の中でもるんるんとしているお母様に質問攻めにされ、一体どう答えていいのやら頭を悩ませてしまっていたのだった。


「どこに行くのか決まってる?」

「いえ、遊びに行こうとだけ」

「あら、秘密? も~ロマンチックなことするのね~!」


 これ、ロマンチックなのかな……?


「ん~、こっちも可愛いけれど、こっちも捨てがたいわ……あぁ、じゃあこうしましょうか! こっちは今回のデートで、こっちは次のデート!」

「え”っ!?」

「あら、一回しかしないの? デート」

「……」


 お母様、すごく浮かれてませんか? 着るの、私なんですが。……言わない方が良かった? いや、でも秘密にしておいたところで心が痛むだけだし、何度もタクミと顔を合わせているし、これからもそうなってくるわけだし、バレた時何を言われてしまうか分からないし。

 でも、お父様達にバレてしまうのはもう時間の問題じゃ……?


「アヤメちゃんは本当に何でも似合っちゃうわね~、流石私達の娘ね♪」


 まぁ、何とか、なる? あ、その時はお母様に助けを求めればいっか。お願いします、お母様。


 そして次の日、私はお母様とお父様の衝撃的な事実を聞いてしまったのである。


「近衛騎士時代のバートはあんな感じよ? 今のフレッドと一緒。ぜーんぜん表情出さない生真面目な堅物。ほんとフレッドは私に似ればよかったのにねぇ。勿体ない」

「……」


 うそぉ……え、お父様若い頃表情筋仕事してなかったの!? え、でも今はだいぶお仕事してますよね!?

 人の性格というものは歳を重ねるごとに変わっていくのか。そう思ってしまった。

 もっとお二人の馴れ初め話を聞きたかったけれど、それでそれで! とだいぶお母様に質問攻めにされてしまって聞けず。喋るようなことはあまりなかったけれど、お母様が喜んでたからいっか。

 でもさ、話してて何となぁく……気付かれてた、ような? 私達、そんな素振りしてなかったと思うんだけど。ナナミちゃんにも言われなかったし。

 あ、でもマリアは何か気付いてたような、ないような。まぁずっと一緒にいたからちょっとはあったと思う。でもお母様は領地ではあまり一緒にいなかったし。

 いや、気のせいかも。まさかね。


「あ、そうそう。アヤメちゃん、マリアに孤児院の事頼んでたでしょ」

「あ、はい」

「私もおかしいなって思って本格的に調べてみたら、孤児院に送られるはずのお金が3分の一しかなかったみたいでね。だから懲らしめちゃったの」


 ……ん? 懲らしめちゃった?


「だから、孤児院運営は違う方に受け継ぐ事になったわ。大丈夫、信頼出来る人物だから安心してね」

「あ、ありがとうございます」


 一体何をしたのだろうか。まぁ、これで孤児院の皆さんが助かったみたいだからよかったよね。

 それから、私は自分の事業の利益を孤児院に寄付した。と言っても、何がいいか聞いて教材や本を送ったんだけどね。でも、喜んでもらえたみたいでよかった。