朝起きてから、昨日のようにマリアが来てくれた。支度の準備を手伝ってくれて。それからお母様達と朝食をとって。


「……あら?」

「どうした?」


 馬車に乗り込もうと思った所で、足を止めた。宿の近くにいる女の子を見つけたからだ。彼女の手には籠とお花。通る人達に声をかけているみたいなんだけど、見向きもせず通り過ぎていく人達ばかり。

 マリア、と彼女を呼び持ってきて預けていた私のお小遣いを貰って女の子の所に。


「お、お花いりませんか?」

「可愛いお花ね、いくつあるの?」

「その……」


 籠の中にはこんもりお花がたくさん。いち、に、さん……と数えてみたら、全部で25本。

 見たところ、摘みたてだしお花も綺麗。これ、なんていうお花なんだろう。後で持ってきたお花図鑑を見てみよう。


「じゃあ、全部ちょうだい」

「ぜっ全部ですか!?」

「うん」


 吃驚したようで固まってしまったみたい。いくら? と聞いたら我に返り値段を教えてくれた。じゃあ、25本だから、と計算して袋の中からお金を出して渡した。

 一緒に来ていたマリアがその花を全て受け取ってくれた。

 本当にいいの? と言った顔をしていて。私は笑ってありがとうと返した。


「お嬢様、旅行中ですよ?」

「あはは、ついね」

「もう」


 一応押し花セットは持ってきてます、あはは。でも、喜んでくれたんだからいいじゃない。

 ア~ヤ~メ~ちゃ~ん~! ってお母様には言われてしまい、お花は取り上げられてしまった。次に泊まる宿でマリアに押し花にしてもらいなさい、と。はぁーい、そうします。


「アヤメちゃんらしいね」

「そう?」

「そうだな」


 るんるんで馬車に乗り込んだのだった。

 きっと、あの子は生活に困ってたんじゃないかな。こういう子っているんだ、って思っちゃったらついね。


「この国って孤児院とかあるの?」

「どの国にもそういう所はあると思うよ。さっきの子はきっと孤児院の子なんじゃないのかな。そんな服装だったよ」


 へぇ、見れば分かるんだ。私そういうの全然知らないからな。あとでお母様かマリアに教えてもらおう。

 なぁんて思いつつ馬車に揺られながら外を眺めていた。

 途中で休憩を入れつつ、売られている屋台の食べ物を買って食べたりして。二人はここに来てあまり経ってないから私と同じく知らない事ばかりで。結構楽しかった。


「なにこれ~!」

「揚げ物? 素揚げみたいな?」

「じゃない?」

「ジャガイモっぽい!」

「だな」


 なぁんて日本の食べ物と比べつつ。

 そんな楽しい旅路を進んでいたら、今日の泊る場所、スラス伯爵のお屋敷に到着した。ここは、この時期になると毎年ここに泊めてもらっているらしい。とても友好的で良い人なんだとか。だから、私達を歓迎してくれた。

 事前に人数を伝えておいたので、宿でのグループで3部屋用意してくれているみたい。


「ぜひお会いしたいと私共思っておりました、アドマンス嬢」

「光栄です」


 と、私と話をしたかったらしい。もしかして、事業の話がしたいのかな? デビュタントでもそんな話が沢山来たし。

 では食事までごゆっくり、と各部屋に案内された。

 さすが伯爵家のお屋敷なだけに、用意してくださったお部屋も豪華だ。アドマンス家とはまた違った作りなんだと思う。ちょっと落ち着かないかな? でも泊めてくださってありがとうございます。

 食事の時間になり、マリアが呼びに来てくれた。お母様達とも合流して、食堂に。

 食堂には、伯爵の家族だろう人達が集まっていて。夫人と、息子さんなのかな?


「妻のナミリア、そして息子のウォールです」

「お久しぶりです、アドマンス公爵夫人、レストリス侯爵夫人、そして初めましてですね、アドマンス令嬢、それと……」

「スフェーン王国から参りました、ナカムラ男爵家次男タクミ・ナカムラと、私の妹で長女のナナミ・ナカムラです」


 伯爵達はナカムラ男爵の事を知っていたらしいけれど、料理革命を起こしたお爺様の事しか聞いた事がなかったみたい。だけど、話はすぐに私に移ってしまった。

 沢山の料理が並べられ、食事をしながら私の事業のお話が続いた。そういった話を知らない人にするのが苦手だったから、途中でお母様が話題を変えてくれて。


「そういえば、ご令嬢にはまだ婚約者がいないと聞きました」

「あ、はい」

「ウチの息子は優秀でしてね、歳も近いですし、まずはお話から…」

「娘はまだこちらに来て日が浅いから、そう言ったものはまだ早いと思っているの」


 ズバッとお母様がそう言ってくださったので何とかその話は終わった。歳が近いって言ってたけど、見た所20代後半くらいじゃない? 全然近くないじゃないですか。10歳くらい離れてるんですけど。

 ……とは顔には出さず、ニコニコ顔で食事を終えたのだった。



「下心ありすぎよ、あのヒゲ親父」

「あ、はは……」

「しかもあの紹介した男、ずーっとアヤメちゃんの事ジロジロ見ててさぁ、気持ち悪いったらありゃしない」


 なぁんて部屋でナナミちゃんが暴言を吐いてたけど、私は苦笑いしか出来なかった。だってほんとの事だもん。

 そんな時、コンコンッ、とこの部屋のドアがノックされた。マリアかな? と思ってたけど、それは意外な人だった。いや、あり得るか。

 さっき話題に出てきた人、この家の子息だった。

 私が出たほうがいいかも、とナナミちゃんが出てくれた。


「こんばんは、ナナミ嬢。アヤメさんはいらっしゃいますか?」

「……今日初めて会ったレディにその呼び方はないんじゃないですか」


 許可、貰ったんですか? と聞くナナミちゃん。アヤメさん、だなんて許可した覚えはない。

 彼は、それは失礼しました、と謝罪はしてきたけど直す気はないらしい。それで? とまた聞いてきて。


「何かご用ですか?」

「夜分遅くにすみません。少し、貴方とお話ししたいと思いましてね」

「……」


 すまないと思ってるなら来ないでよ。と言ってしまいそうになってしまった。

 これは困ったな。断る? でも泊めてもらってる身だし。

 と、困っていたらまたまた誰かが登場。


「こんな夜遅くに何してるんです?」

「……こんばんは」


 わぁ、タクミ君だ。タイミングバッチリじゃない?


「ただお話をしにきただけですよ」

「夜分遅くに、今日初めて会った令嬢達と?」

「えぇ」

「まさか、伯爵家の子息がこんな不躾な方だとは思いませんでしたよ。話は明日の朝にしてやってくれませんか」

「……貴方は?」

「ウチの妹が忘れ物をしたんでね、届けに来ただけですよ」


 あ、なんか大きいの持ってる。服かな? そんな感じの大きさ。

 子息は、不満げな顔で、おやすみなさいと一言残して去っていった。


「ありがとお兄ちゃん」

「いいよ、別に。偶然だし」


 ほれ、と渡された布に包まれた荷物。あ、とナナミちゃんが受け取って。中身が分かったのかな。

 んじゃおやすみ、と帰っていった。


「あ~なるほどなるほど」

「え?」


 中身を開けたナナミちゃんは何か分かったようで。忘れ物のはずだよね? でも、一緒に見た私は、これがナナミちゃんのものだとは思えなかった。

 だって、これ男物の着物じゃん。これ絶対タクミ君のだよね。


「お兄ちゃん耳いいからね~」

「あ、なるほど」


 わざわざ助けに来てくれたのか。ありがとうございます、後でまたお礼言います。

 そんな事があり、また来るかなと思ってはいたけどその心配はいらなかったみたい。

 朝も絶対何か話しかけてくるだろうな、と思ってたらビンゴ。でもまたタクミ君とナナミちゃんが追い返してくれた。

 でも、朝ご飯中も話題は私の事だった。お母様が何とかしてくれたけど。

 滞在時間が一泊だけでよかったぁ、って思っちゃった。まぁ、予定より早い出発ではあったけどね。

 どんだけ私を婚約者にしたいのよ、と呆れてしまったけど異世界人だから仕方ない、のかな?


「おにーちゃーん、なにぶすーっとしてるのよ」

「してない」

「いや、丸わかりよ」

「見間違いだろ」

「いやいやいや、それはないって」


 遠くで何やら話してるナカムラ兄妹。何話してるんだろ? 料理の話とか?