今、私はリアさんのお店、【ブティック・シェリシア】にいます。どうして? それはですね……


「お兄様、これなんて如何ですか?」

「あぁ」

「こっちとこっち、どっちがいいですか?」

「アヤメが選んでくれ」


 お兄様の私服が全くなかったからです。お父様が私服が2枚しか持ってなかったから、もしかして、と思ったら正解だった。

 本当は今日、お兄様と【なかむら】に行く予定だった。でも、お父様と同じパターンで仕事服で出てきたのだ。すっごく深いため息をしたお母様に、服を買いに行かせてちょうだい、と任務を課せられて今ここにいる。

 お兄様、何でも似合うな。背も高いし、顔もいいし。


「じゃあ今日は……これはどうです?」

「あぁ」

「……ちゃんと思ってます?」

「あぁ」


 おんなじ返答。変な組み合わせにしちゃうぞ。まぁそれでも似合っちゃいそうだけど。イケメンってズルいよね、そういう所。


「俺はよく分からないから、アヤメが選んだほうがいい」

「……はい」


 この人、天然なのね。ちょっと私の好みも入っちゃった気もしなくもないけれど、青系の服で決まった。何時もは騎士団の制服の赤だからこっちもいいんじゃないかと思って。うんうん、私の目に狂いはなかった。

 他の洋服も何着か選んで、そっちは屋敷にそのまま送ってもらう事に。

 さ、【なかむら】に行きましょうか。とリアさんの店を後にして馬車に乗り込んだ。あ、ちゃんとさっき買ったお洋服を着て、です。

 私から誘った時には、もうお兄様は嬉しそうで。と言っても表情筋はあまり働いてなかったけど。


 【なかむら】は今日も大盛況みたい。遅めの時間に来たんだけど、それでもまだお客さんいっぱい。


「い、らっしゃい!」

「こんにちは、ナナミちゃん」

「あ、うん、どうぞ!」


 ……ん? ナナミちゃん、ぎこちない? あ、もしかしてお兄様? ナナミちゃん達はウチには何回も出入りしていても、お兄様が帰ってくる頃にはいないから会った事がなかったのか。

 紹介しよう、とも思ったけれど忙しそうだしなぁ。と思いつつ案内してくれた席に。あ、また厨房に近い席ね。いつもここ空いてて案内してくれるの。

 ……あれ? タクミ君?

 厨房の方から見えたタクミ君、口、空いてるよ?


「あ、とんかつだ」

「とんかつ?」

「お肉に衣を付けて油で揚げた料理です」


 他にもメニューがあって説明をしたけれど、お兄様はとんかつ定食にする事に。私は……と思っていた所でさっき口をあんぐりしていた方が登場。


「こんにちは、タクミ君」

「いらっしゃい」


 この人は、と説明する途中で厨房からタクミ君を呼ぶナナミちゃんの声が。忙しそうだったから、お兄様のとんかつ定食と、オムライスを急いで注文して。すぐにタクミ君は戻っていった。


「似てるな」

「彼らのお爺様が異世界人で、しかも同じ故郷出身だったんです」

「なるほどな。日本、だったか」

「そうです。ここで作られてるものは私のいた地球って星にあった料理なんです」


 最近、お兄様と喋る時間が増えたので何となくだけどお兄様との会話が攻略できている気がする。今まではすぐに会話終了となってしまっていたけれど、今はちゃんとした言葉のキャッチボールが出来ている……と思う。うん。頑張った、私。

 そんな他愛ない話をしていた所で、新しい従業員さんの男性の方が私達の注文した料理を持ってきてくれた。ん~! とっても良い匂い!

 お兄様の反応は……うん、いいみたい。サクッ、と音を立てて食べて……あ、気に入ったみたいです。珍しく表情筋仕事しました。ちょっとだけど。

 さてさて、私もオムライス冷めないうちに食べなきゃ。


「ん~!」


 うまぁ~! うん、最高です。これよこれ、私が求めたはこれよ。最高! 文句なしよ!

 そういえば、今日お兄様もお箸を購入したいと言っていたような。私とお母様とお父様が箸で食べている所を何度も見ていたから、今日の馬車の中でそう言っていた。興味ないって思ってたのに、意外だったな。どんな箸が似合うだろう、お兄様。

 と考えながら食べていたら、もうお兄様のお皿にはご飯がなくて。すかさず新しい女性の方の従業員さんが、おかわりいかがですか? と来てくれた。まだとんかつは残っているから、頼むとお願いしていて。食べっぷりは流石親子だなって笑ってしまった。

 お兄様のごはんを持ってきてくれた従業員のお姉さんは、営業終了まで待っててくれる? とコッソリ言っていて。自己紹介したいから、だそうだ。デザートも頼んでゆっくり食べていれば終わるから、そんなに待つわけじゃないし。それにこの後も何かあるわけではないから、分かりました、と答えた。

 あ、デザートはわらび餅にした。お兄様は水まんじゅう。お兄様はあんこがお気に入りらしい。私が頼んだわらび餅も一口あげたら、美味しそうに食べていたけど。やっぱりお兄様は甘党なのね。

 食べ終わったお客さんが一組、また一組と帰っていき、やっと私達のみとなった所で営業終了となった。


「お疲れさま」

「ありがとぉ~!」


 それでそれで、とニヤニヤしながら私に話しかけてくるナナミちゃん。その人は? と言ってきて。あ、なるほどなるほどそういうやつね。残念でした。違いますよ、全然。


「私のお兄様の、アルフレッドお兄様です」

「……えっ」


 そう、素っ頓狂な声を出したのは、ついさっき厨房から出てきたタクミ君だった。ちょっと、ナナミさん? そんな残念な顔しないでくださいます?

 ナカムラ兄妹は、貴族スタイルでお兄様にご挨拶をしていて。お兄様もいつも通り返していた。


「それで、こっちの二人は一週間前から入ってくれた新しい従業員です」


 男性の方はリカルドさん、女性の方がナオさんというらしい。二人とも、ナカムラ領の領民だそうだ。


「一ついいか」

「はい、どうぞ」

「こいつ、()だから」


 ……ん?

 タクミ君が、親指を指した人物。それは……ナオさん?

 え、女性、ですよね?


「ここには女性は一人のみですよ?」

「ほらな」


 あー、あー、と声を出してから、どんどん低くなってきて……


「そうでーす!」


 あ、男の人の声だ。嘘、そしたら、これ、女装?


「そういう趣味の奴って事だ。勘違いすんなよ?」

「あ、はい、なるほど」


 あ、もしかしてこの前カリナと来た時の事根に持ってる感じ? 半分悪ふざけみたいなもんだったんだけど。

 てかお兄様、表情筋仕事してない。興味なしですか。……え、気付いてた? 何言ってるんだ、って顔してない? あ、もしかして近衛騎士だから? さすがです、近衛騎士団副団長様。


「あの、どうして?」

「え? 似合うから」

「あ、はい」


 後でカリナに教えておこ、この前私達なんて話してしまったんだ。あ、ちょっと待てよ? この人が男性って事は……


「……BL?」

「びーえる?」

「ボーイズラブ、男性同士の恋愛の事」

「ち・が・うっっ!!!」


 いや、タクミ君力入りすぎ。でも怒らせちゃってごめんなさい。謝ります。


「私はそれでもいいよ?」

「お前は黙ってろっ!!」


 あ、はは。楽しそうで何よりです。

 色々と二人の話を聞き、最後にはちゃんとお兄様専用の箸を購入、あとようかんも一緒に買って帰った。