「……絶対誰にも言うなよ」

「へえ、恥ずかしいんだぁ」

 あたしが茶化すように言うと、柳瀬が無言でギロリとあたしを睨む。

「べ、別に誰にも言わないし」

 こんな話、誰かにしたって、おもしろくもなんともないし。

「……本当は、俺には泣く権利もない。だから、絶対に誰にも言うなよ」

 そう言うと、ぐいと涙を拭い大股で去っていく。

「だから言わないって言ってるでしょ⁉」

 背番号6の背中に向かって、あたしは大声で言った。


 なんなの、アイツ。

 弱みを握られた方が、なんであんなエラそうなわけ? なんかムカつく。

 まあ、今日は先輩のためにってがんばってたみたいだから、悔しいのはわかるけどさ。


 チラホラ周りから聞こえてきた話によると、エースで四番の三年の小谷先輩っていう人が、今日は体調不良でお休みだったみたいなんだよね。

 だから、代わりに背番号6のアイツ——柳瀬が、9回まで一人で投げたんだって。

「小谷先輩がいたらなー」っていう悔しそうな声が、応援席にいる野球部員の方から何度も聞こえてきた。


 でもさ、柳瀬だってがんばってたよ。

 だって、一本もヒット打たれなかったんだよ?

 それって、すごいことじゃん。

 なのに、「小谷先輩がいたらなー」なんて、柳瀬のいる前で言わないでよ。

 だからこんなふうに隠れて一人で泣いちゃうんだよ。


 ……あれっ? おかしいな。

 柳瀬の態度にムカついてたはずなのに、いつの間にか柳瀬以外の人にムカついてる。