ひとまず真帆は、取り出したボウルの中で中くらいのサイズのものに卵を割り入れる。そこに砂糖も入れたいのだが、もちろん秤なんてあるわけもないから、かろうじてあった計量スプーンを駆使する。
それらを混ぜるのは、泡だて器ではなく菜箸。なぜって、それしかないから。


「いやあー楽しみだなあ。それにしても田中さん、手際というか手捌きがあれだね、完全にプロの人だね。道具が揃ってなさ過ぎて笑っちゃうけど」

「……一応プロでしたから」


言ってしまってから、しまったと思った。
田辺のことだ、“今は違うの?”なんて突っ込んでくるかもしれない。そうなったらまた面倒くさい。

どうやって逃げようかと思ったが、予想に反して田辺は何も言わなかった。もしかしたら、囁くような真帆の呟きは聞こえていなかったのかもしれない。
それならそれでラッキーと、真帆はボウルに先ほど田辺がコンビニから買ってきた牛乳を入れる。

流石に牛乳を計量スプーンで計るのは……と思ったが、計量カップがあったので助かった。これも、上司からの貰い物であるらしい。
本当はここにバニラエッセンスも加えたいところなのだが、ないものはしょうがないので我慢する。
再び菜箸を使って混ぜていると、田辺がカウンターに手をついて身を乗り出して来たのでぎょっとする。