全てが嘘であってほしい。もし仮に真実なのだとしたら、真帆が手を出したなんて話はでたらめなのだと、はっきり証言して欲しい。
どうか、どうか……――と必死の祈りも空しく、翌日にはもう真帆が彼に手を出したという話が店中に広まって、いらぬ尾ひれまでくっついて、棘のある視線と心無い言葉が、真帆へと降り注ぐようになった。

あんなに後輩思いで優しかったはずの彼は、そうやって居場所を失くしていく真帆を見ても助けてくれないどころか、はっきりと断れなかった自分が悪いのだと大げさに嘆いて周りの同情を誘い、一層真帆を孤立させた。
そんな環境でも頑張り続けられるほど、真帆は強い人間ではない。

真帆から退職願を渡されても、上司は引き留める言葉を一言も発さなかった。
この間まで一緒にお昼を食べてくだらない話で笑い合っていた同期も、慕ってくれていた後輩も、目をかけてくれた先輩も、誰もが冷たく突き刺すような視線で真帆を見送った。

だから真帆は、逃げてきたのだ。逃げるように、地元に戻ってきたのだ。
それなのに、そうなる元凶となった彼の名前を、寝言で未練がましく呼んでいただなんて……――。