いやでもこの“ドキッ”は、絶対にびっくりしたからだと真帆は強く自分に言い聞かせる。
いくら顔がよくとも、人を手の平の上でころころ転がして楽しむような男に、ドキドキして堪るものか。


「俺の方は出来たけど、田中さんの方は?」


頭の中は忙しなくとも、長年の癖で体は自然と動くもので、真帆は自分の分のコーヒーも淹れ終えたカップを見て、しまった……と思った。
帰りたい、帰ろう、帰らせろと思っていたはずなのに、なぜ自分の分もおかわりを作ってしまっているのか。


「よし、じゃあ戻ろう!あっ、これ田中さんの分ね」


茶色い皮の中華まんが乗った皿をカウンターに置き、田辺は自分の分の皿とカップを持って先にキッチンを出る。
後悔に苛まれて中々動けずにいた真帆は、「何してんの田中さん。ゴミでも入ってた?あっ、砂糖入れる?ミルクはないけど」とテーブルの方から田辺に声をかけられて我に返り、仕方なくカップと皿を持ってキッチンを出た。


「カップが二つ並んでたらそりゃあ流れ的に両方淹れるよ……そうだよ……。淹れる前に寄せとかなかった過去の自分が悪い……そう、全ては過去の自分のせい……。そもそも、昨日の自分のせいで今こうなっているわけであって…………」

「……田中さん、なにぶつぶつ言ってるの?怖いんだけど」