「……ほんとにいた?」

「ほんとにいたよ。田中さんが財布を探してポケットというポケットをあさって、そのあと恥ずかしそうにクリームパンを返して、真っ赤な顔して教室まで走って行ったとこ、ちゃんと見てたから」


どうやら、本当に見ていたらしい。真帆の恥ずかしい失敗の現場を。
仲のいい友達には話して笑われたけれど、他のクラスメイトからそのことを指摘されたり、からかわれたりしなかったから、運よくクラスメイトには見られていなかったのだと思っていた。
まさかこんなに時が経ってから、こうしてからかわれることになろうとは、高校生の頃の真帆も想像出来なかっただろう。


「もっと早く田中さんだって気が付いてたら、クリームパン一個くらい奢ってあげてもよかったんだけど、なにせレジ前でもたついてる女子が田中さんだって気がついたのが、真っ赤な顔して走って行く時だったからさ。大声で呼び止められても余計恥ずかしいかなって」


それは確かにそうなのだが、それよりも、真後ろに立っていても気が付かない真帆も真帆だが、走り去る瞬間の顔を見るまで、前に立っているのがクラスメイトだと気が付かない田辺もどうなのだろう。
それくらい、二人は同じクラスにいても接点がなく、お互いにお互いのことをよく知らない、なんなら興味もない存在だったということだ。
それなのに、そんな元クラスメイトの家で自分は一体何をしているのだろう。何をしてしまったのだろう。