「田中さんは、もうお菓子は作らないの?」


ちびっとグラスを傾けたまま、真帆の動きが止まる。問いかけた田辺の方は、まるで先ほどの話の延長であるかのように、何でもない顔をしている。
真面目に問いかけているのか、それともただの世間話か、田辺の表情からはわからない。


「……どうかな。わからない」


田辺には、ゲームで負けて一度プリンを作っているので、その問いが仕事としてのお菓子作りであることは、あえて問い返さなくてもわかっている。
気がついたらまた作っているような気がする一方、このままもう仕事としては作らないような気もしている。

バターやお砂糖の香りは、どうしようもなく彼のことを思い出してしまう。その度に胸が痛くなって、苦しくなって、辛いだけだとわかっているのに会いたくなる。
田辺が買ってきた大量の焼き菓子を見た時も、彼の顔が最初に頭に浮かんだ。でもその時目の前に居たのは田辺だったから、永遠と彼の顔を思い浮かべてもいられなかった。

だからだろう、辛さはいつもの半分くらいで済んだ。
でもこれから先また作ることを仕事にしたら、彼の顔が浮かんでくるのだろう。その度にきっと、苦しくなる。
でもそこに被せるようにして、田辺の顔も浮かんでくるような気がしている。