「はーい、ホットチョコレート。田中ちゃんのはアルコール抜きで作ったから」

「これってアルコール入ってるんですか?」

「香りづけ程度だけどねー」


じゃあごゆっくりー、と手を振って去って行くマスターは、先ほど険しい顔をしていたのが嘘のようにいつも通りに戻っている。
そんなマスターの姿が見えなくなるまで待ってから、田辺はちらりと隣の真帆を見る。

その真帆はといえば、ついさっきまで泣いていたのがよくわかる真っ赤な目をして、未だに鼻をぐすぐすと鳴らしている。
横断歩道に飛び出しそうになったところでマスターに腕を引かれた真帆は、息を切らせてやって来た田辺と合流したところで、マスターによって半ば強制的にテントへと連れて来られていた。
けれど誘導されたのはイートインスペースではなくテントの裏手で、ブルーシートを敷いた上に無造作に段ボールが置かれた簡易物置スペースの隙間に、二人は荷物に埋もれるようにして座り込んでいる。


「ねえ田中さん」


マスターがいなくなってから漂っていた重苦しい沈黙を、田辺がいつになく柔らかい声音で破る。