「照れると手が出るのはどうかと思います」

「照れてないわ!!」


呻く田辺を、岡嶋は鋭く睨み付ける。もちろんそんなことに動じる田辺ではないし、呻いていたのもわずかな間だけで、すぐさま立ち直って吞気に缶コーヒーを飲み始める。


「そういうお前はいいのか、そんなのんびりしてて。一刻も早く仕事を終わらせて、田中さんをストーキングしに行く予定はどうした」

「人聞きの悪いことを言わないでください。そんな予定はありません。ていうか、ストーキングじゃありません。いっつも偶然会うんですよ。言わば、“運命”ってやつです」


堂々と“運命”を口にする田辺だが、この男が言うと胡散臭く聞こえて“運命”が可哀そうである。


「まあ、会うのは本当に偶然だし、そうじゃない時は俺から誘うばっかりなんですけど、この間初めて田中さんの方からお誘いを受けまして。何でも話したいことがあるとか」


そう言った田辺は、明後日の方向をぼんやり見つめたりなどしている。この光景、なんだか既視感があるなと思った岡嶋はすぐに閃いた。
今日一日、田辺はこんな風にぼうっと明後日の方向を見つめて固まっていることが多かった。岡嶋も、何度か「集中しろ」と注意したほどだ。