「……あの人、意外と力強いな」


帰り際、なぜだか店の外に待機していたタクシーに、真帆によって半ば無理矢理押し込められた岡嶋は、思いがけない真帆の力強さに、田辺の頬があれほど腫れあがったのも頷けるなと思いながら、エレベーターに乗り込む。
自分の部屋がある階で降り、鍵を取り出すためにポケットをごそごそやっていた岡嶋は、びくっと肩を揺らして足を止めた。

廊下の奥、ドアを背にして座り込む黒い塊が見える。しかもそれは、明らかに岡嶋の部屋の前である。
ポケットに手を突っ込んだまま足を止める岡嶋は、思わずごくっと喉が鳴った。

確かに時間帯的には、この世ならざる者が現れてもおかしくはないが、幽霊の正体見たり枯れ尾花なんて言葉もあるくらいだ。近付いてみたら、置き配された荷物だったなんてオチかもしれない。
そうだ、きっとそうに違いない。もしくは、珍しく酔いが回ってしまっているので、そのせいでただの影が不気味な黒い塊に見えているだけなのかもしれないし。
なんとか気持ちを落ち着けたところで、岡嶋は探り出した鍵をポケットから引っ張り出しながら、縫い付けられたように固まっている足を気合いで前へ進ませる。