「ああ、なんかお客さんが言ってたね。えっと、たやべ まさとさんだっけー?」

「……田辺 誠也です」


危うく雰囲気で頷きそうになったが、すんでのところで真帆は言い直す。
その名前を口にすると、思いっきり頬を張った時の手の平がびりびりするような痛みを思い出す。
叩いた真帆の手も痛かったが、どうやら田辺の頬には真帆が思っている以上のダメージが残っていたようで、岡嶋の話を聞きながら胸までひりひり痛かった。


「いやあー、田中ちゃんに男の知り合いがいたとは驚きだったなー」

「……どういう意味ですか?」


同じ台詞を田辺が口にしたなら、バカにされたように感じてすぐさま噛み付くところだが、マスターが言うと不思議とバカにされているような気はしない。けれど、なんだか含みのある言い方だった。


「だってほら、田中ちゃんが手伝いに入ってくれることになった日に、僕もちょろっと事情は聞いてたからさー」


その言葉に、思わず「ああ……」と呟く。
真帆が地元に戻って来て仕事探しをしていた時、仕事が見つかるまでの働き先としてどうかと友人が紹介してくれたのが、この店だった。