女性にジト目を向けられても、マスターは一向に構わない様子で笑っている。


「よく言うでしょ?“当たって砕けろ”って。例え砕け散ってもさ、不思議と時間が元通りにしてくれたりするんだよー。でしょ?」

「……元通り、ではないです」


マスターに同意を求められた女性が、ふいっと視線を逸らして呟く。すると今度は矛先が、岡嶋へと向いた。


「お客さんも、年齢とか立場とか今の関係性とか周りの目とか、気になることはいっぱいあるでしょうけど、一旦全部ほっぽって、自分の気持ちにだけ向き合ってみてもいいんじゃないですー?なんでモヤモヤしているのかなんて、ほんとはわかってるんですよ。ただ、色んなストッパーがかかり過ぎて、その気持ちと正面から向き合えていないだけで」


そんなことはないと言いたい気持ちはあるのだが、それが言葉にならなかったのは、岡嶋の中で納得する気持ちが少なからずあったからなのだろうか。
だが、“当たって砕ける”とは、言うほど簡単なことではない。誰だって、砕けるのは怖いし、出来れば砕けたくはないのだ。


「さてさて、バーのマスターっぽく良い感じのことを言ってみたところで、悩めるお客さんにこれを」


そう言ってマスターが岡嶋の前に置いたのは、グラスの上に輪切りのレモンが蓋をするように置かれ、その上に砂糖が乗ったもの。
これは?と首を傾げる岡嶋に、マスターが笑顔で答えた。