「春月って書いて、“はるつき”って読むんです。よくお客さんからは、“しゅんげつ”って間違われるんですけど」


そう言って笑った女性は、また「いかがですか?」と問いかける。
正直一人では永遠に入る店を決められそうにないし、女性が華やかな衣装ではなくスタッフ然とした格好をしていることに安心感を覚えて、岡嶋は「お願いします」と答えた。

どうぞ、こちらです。と女性に案内されて、岡嶋は階段を上って二階へ。三つドアがあるうちの真ん中に、表と同じデザインの“春月”の看板が下げられていた。
女性が先に立ってドアを開けると、チリリンと綺麗な鈴の音が響く。


「マスター、お客さんです」


女性は店の中に声をかけながら、「どうぞ」と後ろに立っていた岡嶋に入店を促す。
店内はカウンター席と奥にテーブル席が二つあり、カウンターの向こう側に、女性と同じ格好をした男性が立っていた。


「いらっしゃーい。お好きな席にどうぞー。今なら選び放題だよー」


間延びした声で、“マスター”と呼ばれた男性が店内を手で示す。
確かに、岡嶋以外に客の姿が見当たらないので、席は選び放題だ。