そうと決まれば、岡嶋は先ほど二人組が出てきたビルを目指す。
一見二階建てアパートのような造りのテナントビル。近くで見ようとも、やはり何屋なのかわからない看板が多い。

飲み屋だと思って入ったらちょっといかがわしい店だった、なんてのは困るので、岡嶋は慎重に看板を見つめる。ほとんど睨み付けていると言ってもいい。
しばし黙って上から下まで看板を睨み付けていると


「……あの……」


前方から、控えめな声が聞こえた。
びっくりして岡嶋が視線を下ろすと、白いシャツに黒いベストとパンツ、その上に黒い腰巻きエプロンをつけた、いかにもバーテンダーを思わせる服装の女性が立っていた。


「えっと……お店、お探しですか?うちの店でしたら、すぐにご案内出来ますよ。お席空いてますので」


よかったらどうですか?と訊かれて、まだ驚きの抜けない岡嶋は「あっ、この店――えっと……このどこかのお店の方?」と当たり前のことを訊き返してしまう。
そうですね、と控えめに笑った女性は岡嶋の隣まで歩いて来ると、「その店です」と看板を指差した。
女性が指したのは上から二つ目、黒地に白文字で“春月”と書かれ、文字の後ろに控えめな桜の花が描かれた看板だった。