“好き”という言葉が、頭の中をぐるぐると回っている。しかもそれが時折、田辺の声でもって脳内に再生される。
全ては昼間の田辺のせいだ。あの男にプライベートの話をするとろくなことがない。わかっているのになぜ話をしてしまったのか。

腹立たしさと後悔と、過去の自分への怒りを抱えて、岡嶋は歩いていた。白い息を吐きながら、そこに時折ため息を忍ばせながら、日が落ちて寒さが身に染みる中を歩いていた。
向かう先は自宅ではない。

仕事を終えて車で一度帰宅したところで、このまま家に一人でいても考え事が止まらなそうな気配がしたので、ついてすぐに着替えもせずに家を出てきたのだ。
特に目的地があるわけでもないので、岡嶋は今どこを目指すでもなくただ歩いている。

空気は冷え切っているけれど、足元に雪がないことと、見上げた空には星が瞬いていて、これから降ってくる様子もないことは救いだ。
スーパーやコンビニに行こうかと一瞬思ったが、そこで買い物をしたら結局家に帰らなければいけなくなる。買い物袋を持って、あてもなくうろうろしているわけにはいかない。
ならば食事がとれる店に入るのはどうか。そこならばお腹も満たせるし、食後のコーヒーまで頼めばそこそこ長居も出来る。