「おわっつ、ちょっと岡嶋さん、急に止まらないでくださいよ」

「誰が何だって?」


振り返って睨み付けるも、田辺は「いや、岡嶋さんが乙女」と臆することなく繰り返した。


「だってそうじゃないですか。彼女が別の男と仲良くしている、浮気かもしれない、気になって眠れないけど面と向かって訊くのは怖い!なんて、どこの少女漫画ですか?」


最早、彼女ではないなんて突っ込みを入れる気力すらない。
もう言わせておこう、無視しよう。とりあえず早いとこ会社に戻って駐車場にある車で仮眠を取ろう、と岡嶋が全てを諦めて歩き出そうとした時


「でも、それだけ好きなら早いとこ結婚しちゃったらいいのに。向こうもその気なのに、何を躊躇うことがあるんです?」


田辺のその言葉で、また足が止まった。


「……何を言ってるんだお前は」


本気で何を言われているのかわからないような顔の岡嶋に、田辺も何を訊かれているのかわからないといった顔で首を傾げる。


「え、俺そんなに変なこと言いました?」


しばし何を言おうか考えたが、結局何を言ったらいいかわからなかったので、岡嶋は黙って歩き出した。その後ろ姿を、しばし不思議そうに眺めた後で田辺も続く。
結局このあと岡嶋は、会社の駐車場でシートを倒した車の中で横になってはみたものの、眠ることなど出来なかった。