「……いや別に。ただ、珍しいなと思っただけだ。用件だけ済ませて素直に帰ることなんか今までなかっただろ」

「そんなこともないと思うけど。でも今日ばっかりは、雅功くんが寂しがっても一緒に夕飯は食べてあげられないんだ」

「……寂しいなんて言ってないぞ」

「ひとを待たせてあるから」


島田のその言葉に、岡嶋の胸の中がざわりとする。


「……へー、友達か?」


何気なさを装ったその問いに、島田がにっこり笑って答えた。


「まあ、そんなところ。そういうわけだから、もう行くね」


じゃあね、と再び手を振って、今度こそ島田は去って行く。
その後ろ姿が見えなくなったところで、なんとなく共用の外廊下まで出て下を見ると、マンションの前に一台の車が止まっていた。

しばらく眺めていると、マンションから出てきた島田が小走りにその車に向かう。
運転席に乗っている人物の姿は見えなかったが、なんとなく昼間に見た男のような気がした。


「……“そんなところ”か」


友達ならば、濁す必要があるだろうか。そうではないから、そんな風に濁したのではなかろうか。
ここに来て動きを止めてしまった岡嶋は、ぐるぐると色んなことを考え過ぎてしまって、しばらくそこから動けなくなった。
そしてその日から、岡嶋の考え過ぎて眠れる夜が始まったのだ。





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