席につき、店員に水まで出されてしまったら、最早何も食べずに出ていくことが岡嶋には出来ない。
そもそも、岡嶋が簡単に出ていくことがないように、田辺が出入口の方向に座っているのだろうから、逃走を図った瞬間に掴まるのが目に見えている。
岡嶋は諦めて、仏頂面でメニューを受け取った。


「俺は今回、親子丼と蕎麦のセットにします。前に来た時カツ丼食べたので」


メニューは、箇条書きで料理名が書かれたシンプルなもので、その先頭に、しかも他のものより太字でカツ丼が書かれている。
どうやらカツ丼は田辺のお勧めなだけでなく、店のお勧めでもあるらしい。田辺のお勧めであれば頼むのは癪だったが、店側のお勧めであるならば話は別だ。


「俺はカツ丼」

「あれ、お蕎麦いらないんですか?」

「……の、蕎麦セットで」


田辺のお勧めに乗るのは癪だったはずなのに、気付けば流されるように乗ってしまっていた。
なんだか悔しい気持ちに岡嶋が苛まれているうちに、田辺はさっと手を挙げて店員を呼んで、二人分の注文を済ませてしまう。


「はい、それじゃあ料理が来るまでの間に、朝は教えてくれなかった岡嶋さんのそのクマについての話をしましょうか」