そんなことはないのだが、確かに真帆の友人は声が大きい。特に、気分が盛り上がってくるとそれに比例してボリュームも上がってくるので、お酒の席で彼女と内緒の話は絶対に出来ない。


「その時田中さんは、“好きな人とか今はいないかな”って言ってて、声のでかいお友達に“よし、じゃあ今ここで選んでみるのはどう?”って言われて慌てふためいてた」


そんなに慌てていただろうか。確かに、声が大き過ぎて時折焦りはしたけれど。


「そんなわけだから、田中さんに現在好きな人がいないことを俺は知っている。つまり、今ここで俺と恋愛を始めてもなんら問題はないというわけ」

「あのね、好きな人がいないからって目の前の男と適当に付き合うほど、私は恋愛に飢えてないの。そもそも、そういうのはもういらない」


“今はいらない”ではなく“もういらない”と言ってしまったのは、それだけ彼との出来事が、真帆の心に影を落としているから。
それなのに田辺という男は、そんな真帆の心中を推し量ろうともしないというか、全く頭にくるほど空気が読めない。


「それって、寝言で名前呼んでた彼のこと、まだ好きだから?」


思わず、スプーンを握る真帆の手に力がこもった。


「……好きじゃないって、言わなかったっけ」


心の奥底から、どろどろとした嫌なものが湧き出てくる。それは、じわじわと真帆の心を侵食していった。