「じゃあ俺は先に戻る」


本当は飲み終えてから移動したかったのだが、仕方がないと岡嶋が歩き出そうとしたところで


「いやいや、ここで“じゃあ”はないでしょ。上司なら、ちゃんと部下の話を聞いてくださいよ」


田辺に、ジャケットの背中部分をガシッと掴んで引き留められた。


「仕事の話なら聞いてやれるが、プライベートなことまで聞いてやる必要はないだろ。離せ」

「プライベートの問題は、仕事に直結しますよ。俺の能率が落ちてもいいんですか」

「いい大人が、堂々と仕事にプライベートを持ち込む宣言するな!」


離せ、と何度言っても、田辺が手を離す気配は一向にない。それにこうなると、話を聞くまでしつこく付きまとわれるのがいつもの流れなので、岡嶋は再度腕時計に視線を落として深く息を吐いた。


「いいか、始業開始五分前までだぞ。それまでなら聞いてやるが、一分たりとも過ぎるなよ」


そう強く念押ししてから、田辺の方へと向き直った。
岡嶋が向きを変えたことで、自然とジャケットの背中部分を掴んでいた田辺の手も離れていく。
やっぱり、持つべきものは岡嶋さんですね!なんて調子のいいことを言ってから、田辺はココアのプルタブを開けながらという緊張感の欠片もない動作と共に話し出した。