捨てられた子犬のような目で上目遣いに見つめられると、それが作ったものだとわかっていても抗えない。幼い頃の本気で瞳を潤ませる島田が脳裏にチラつくのだ。
“まさにい”と昔の呼び方で呼んでくるからなおさらに。


「女の涙に弱いだなんて、雅功くんよく今まで変な人に掴まらなかったね」

「……それをお前が言うのか。そもそも俺は、“女の涙”に弱いわけじゃない」


女性だったら誰でもということではなくて、島田に泣かれると弱いというだけだ。
幼い頃の島田は泣き虫だったので、些細なことで泣かれては弱り切った覚えがある。


「それはつまり?」


ニヤニヤしながら問いかけられていることに気付かず、危うく真面目に答えそうになって、途中で気が付いた岡嶋の表情が渋くなる。


「いいじゃん別に言ってくれたって。減るもんじゃないよ?」

「俺の精神がすり減るわ」

「すり減らない、すり減らない。“俺が弱いのは島田の涙だけだ”――はい、続けてどーぞ」

「……あのな」


完全におちょくられているとわかったから、岡嶋は深いため息を零す。「もう知らん」とそっぽを向いてコーヒーを啜ると、「あー拗ねたー」と島田が笑う。