キッチンと部屋の間に壁などの遮るものがないから、コーヒーの香りが部屋全体に広がっていくのがまた心地いい。


「雅功くん相変わらず上手だね。プロの人みたい」

「それはプロの人に失礼だろ。本物は比べ物にならないくらい凄いんだからな」

「見たことあるの?」

「カウンター席に座ると手元が見えるからな。今まで見た中で一番凄かったのは、結構前に出張先で偶然見つけて入った喫茶店のマスターだな。若いのに熟練の職人みたいな綺麗な動きだった」


へー、と気のない返事が来たので興味がないのかと思ったら


「あたしも見てみたいから今度連れて行って!」


わくわくした声がそれに続いた。


「あのな、“出張先で”って言っただろ。近場じゃないんだから、そんなほいほい連れて行けるか」

「じゃあ旅行に行こうよ。あたし、もうすぐ大学休みに入るし」

「……社会人に冬休みはないんだぞ?知ってるか?」


サーバーに出来上がった二人分のコーヒーを、岡嶋は二つのカップに分けていく。
一つはブラックのまま、一つは砂糖と牛乳を入れて。
ほれ、と優しい色味に変わったコーヒーを差し出せば、「ありがとう」と受け取った島田が、まずは香りを嗅いだりなんかしている。