合コンで会った女の子とは何ら進展がなく、それで門木に呆れられたのだが、僕は飄々としていた。
 仕事も忙しくなってきたし、話し相手が欲しければ、どこかのバーへ行った方がいい。好きなときに訪れて、好きなタイミングで帰ることができるのだから。
 幸い、僕の住む街はバーに恵まれていた。多すぎて、どこへ行けばいいか迷うほどだ。マスターや、他の客から紹介してもらったり、看板のデザインを見てなんとなく気に入ったところにフラリと入ってみたりという日々が続いた。

 季節はあっという間に秋になり、波流と再会してから半年が過ぎた。いくつかの行きつけを見つけた僕だったが、一番落ち着くのは彼女がいる店だった。

「立野くん、波流を狙ってるんじゃねえだろうな」

 たまにマスターが、そうからかってくる。

「とんでもない。お父さんが恐くて手が出せませんよ」
「そうそう。過保護な父親を持って大変です。いい加減子離れしてほしいものです」

 波流はジロリとマスターを睨みつける。

「父親って……俺のことか?」

 僕と波流は同じ速度で頷く。マスターはペチンと自分の額を叩く。

「今からこれじゃあ、本当の娘が嫁に行くとき、どうすりゃいいんだ……」
「知りませんよーだ。あ、立野くん次何飲む?」
「紅茶のやつで」
「了解」

 最近僕は、ダージリンのリキュールにハマっている。甘いがアルコール度数は低くないので、女の子にほいほいと勧められる代物ではない。油断していると、僕でも酔いそうになることがある。

「そういえば波流って、前の彼氏とはいつ別れたんだ?」

 この半年で、高校時代よりも打ち解けてきたので、そんな質問を軽く口にする。

「えーと。八年前、だね」
「八年前!?」
「いやあ、私って男性から全くモテないんだよね。身長高いし、顔も男っぽいし。大学じゃあ、好きな人すらできなかったなあ……」

 波流はそう言うが、僕が驚いたのは期間の長さではなく、八年前という時期についてだ。

「高校二年のとき、ってことだよな?そのとき彼氏居たなんて知らなかったぞ」
「そりゃあ、立野くんたちとは違って非公認カップルだったもの。知ってる人もそんなにいないよ」
「僕の知ってる人?」
「立野くんの担任」
「えっと、ああ……えっ!?」

 平然と爆弾を落とす波流。マスターは苦笑いしている。僕は慌てて、担任だった若い男性教師の顔を思い浮かべる。確かに、背が高くて、女子から人気のある人だったが……まさか、生徒に手を出していたとは。

「いやあ、私も若かったねえ」
「おいおい、それで済むのかよ」
「もう時効でしょ」

 本人がそう思っているのなら、僕には何も言う資格はない。しかし、一言二言の文句は許されるだろう。

「それから誰とも付き合ってないってことは、酷い別れ方でもしたのか?」
「私から振った。ただ、それだけだよ」

 それだけじゃないだろ、と僕は憤る。

「っていうか、陽奈ちゃんとは何で別れたんだっけ?」

 強烈なカウンターが飛んでくる。面食らった僕は、カウンター越しだけに……という寒い冗談を言おうとして、踏みとどまる。波流が案外、真剣な表情をしていたからだ。

「よくある話。受験シーズンに入って、すれ違いが起きたんだ」
「というと?」
「陽奈は成績が良かったから、指定校推薦で栄北に行ったろ?僕もそこを目指して一般受験してたんだけど、その時期を乗り越えられなくてさ」
「あれ?立野くんってどこの大学だっけ」
「緑南。こう言っちゃ何だけど、栄北より一つ上」
「ああ……」

 波流は大体の流れを理解してくれたようだった。



 高校生のカップルには、よくある話。進路が別れて、生活リズムが離れて、バラバラになっていく。
 僕と陽奈も、それを分かっていた。何があっても一緒にいようと約束した。実際、彼女は色んなものをすり減らして、僕との絆を繋ぎとめようとしてくれた。
 二人で過ごす未来は、確かにあのとき存在していた。
 会えない時間は今だけで、同じ大学に合格すれば、もっと幸せな日々が待っている。アルバイトをして、貯金して、沖縄だけでなく海外旅行も行く。部屋を借りて、ジャージでスーパーに行って、共に夕食を作る。
 眠れない夜、翌日も学校があるのに、電話で延々そんなことを話した。

 壊したのは、陽奈じゃない。彼女は何も、悪くない。寂しがり屋の彼女を独りにしてしまったのは、紛れもない、僕だった。