「眠ってる時に不思議な体験をしてさ。私の意識が体を離れて、眠っている自分の姿を見下ろしてたんだよね」

 お昼休み。私は友達との会話の中で、夜に起きた出来事を話の話題にしていた。私がこういう話をすることが珍しいこともあって、友達も興味(きょうみ)を持ってくれた。

「それっていわゆる幽体離脱(ゆうたいりだつ)ってやつ? めっちゃ面白そうじゃん」

 真っ先に話題に反応したのは琴子(ことこ)だった。琴子はムードメーカー的な存在で、大きなリアクションをしたり、積極的に話を回してくれたりする。

「期待させちゃって申し訳ないんだけど、あまり面白いことは起こらなくて。少し家の中を動き回ったりはしたけど、万が一戻れなくなったら怖いから早めに体に戻って、次に目を覚ましたらもう朝だったかな」

 自分から話しておいてなんだけど、こうして言葉にしてみると、語れることはあまり多くはない。これなら話を盛り上げるために、もっと色々なことを試してみたら良かったかもしれないと、芸人魂(げいにんだましい)が刺激される。いや、私は別にお笑い芸人じゃないけども。

「気づいたら朝だったってことは、いわゆる夢オチじゃない? 本当に起きていることだと勘違(かんちが)いしちゃうぐらいリアルな夢を見たんだよ」

 現実的な意見を言ったのは高田(たかた)さんだった。高田さんはリアル思考の持ち主で、怖い話や不思議な話に対して、科学的な意見を出すことが多い。ちなみに、科学的に解決しようとするのは怖い話が苦手だからとかなんとか。

「やっぱりそういうことなのかな。はっきりと覚えているから現実感は強いけど、眠っている間の出来事だものね」

 実際に幽体離脱を経験した私の意見も、どちらかという高田さんよりだ。本物の幽体離脱なら面白いなと思う一方で、そんなことは普通に考えたらありえない。あれは全部リアルな夢の可能性が高いと、現実的に考えてしまう。

「ねえねえ。文香(ふみか)ちゃんはどう思う?」

 琴子が、友達の一人である文香ちゃんにも聞いた。文香ちゃんは上を向いて少し考えると、静かに口を開いた。

「自分の目で確かめることが出来ないからはっきりとしたことは分からないけど、私はそういう不思議なことが起きてもおかしくはないかなって、個人的にはそう思うな」

 文香ちゃんの意見は正直意外だった。成績優秀でクールな文香ちゃんのことだから、高田ちゃんみたいな現実的な意見かと思ったけど、不思議な出来事も否定はしないらしい。それに何だか琴子や高田ちゃんの時とは違って、何だかその意見にはすごく説得力を感じられるような気がした。まるで文香ちゃん自身も不思議な体験をしたことがあるみたいだ。

「もしまた幽体離脱を経験したら教えてよ。今度は詳細(しょうさい)な体験レポート付きで」

 話の終わりに、琴子が笑顔でそう提案してきた。

「経験できたらね。自分でもどうやったのかさっぱりだし」

 何か特別なきっかけがあったわけじゃないので、もう一度幽体離脱を体験するのは難しいと思うので、体験レポートを発表できるかは未定だ。

 幽体離脱の話を私がするのは今日が最初で最後。そうなると思っていたのだけど……。

 ※※※

「えっ? また?」

 これはいわゆるフラグ回収ってやつ? その日の夜、私は再び幽体離脱をしていた。時刻は夜中の一時を少し過ぎたところで、今日は寝る前にちゃんと電気を消したので部屋は暗い。ベッドの上の私はすやすやと眠っている。

「二日連続。一体どうなっているの?」

 空中で体育座りをしながら考える。一回だけだったらリアルな夢で納得できたかもしれないけど、二日連続となるとさすがに夢とは思えない。私は現実で、本当に幽体離脱をしていると考えたほうがよさそうだ。

「すぐに戻るのはもったいないかな」

 どうして幽体離脱をしているのか。理由はさっぱり分からないけど、昨日の夜は無事に体に戻れたので、あまり恐怖は感じなかった。今回は二回目ということもあって、もっとこの幽体離脱を楽しみたいと思った。昨日は家の中を動き回っただけだったし、せっかくなら今日は。

「思い切って行っちゃえ!」

 私は部屋の窓から家の外へと飛び出した。

 中学生の私が夜中に一人で外を出歩いてはいけないしけど、幽霊状態の私の姿は他の人には見えないはずだし、壁だって簡単に通り抜けられる。幽体離脱した今の状態は、夜のお散歩にピッタリだった。

「すごい。まるで鳥になったみたい」

 家の中という空間の中から外に飛び出したことで、私は幽霊状態の自由さをもっともっと感じていた。私は浮く高さを自由に変えることが出来て、地面スレスレから屋根の高さまで、好きなところへ行ける。その気になればビルみたいな高さまで浮くことも出来るかもしれないけど、流石に怖いから試すのは止めておこう。

 移動も自由自在で、ヒーローみたいに風を切って飛ぶことが出来る。障害物はないし、あってもすり抜けるので、移動速度もとても速い。これなら普段は電車と徒歩で合計二十分はかかる学校までの道のりを、五分ぐらいで移動出来そうだ。

「夜の街も明るいな」

 二階建てのお家の屋根より少し高い位置を飛行して、住み慣れた町を冒険する。

 自宅のある住宅地周辺は流石に電気の消えているお家も多かったけど、少し離れた繁華街の方を見ると、まだまだお店の明かりが輝いていた。当たり前だけど、私が眠っている間もこの町は置き続けているんだ。

「学校に行ってみようかな」

 夜中になって、普段とは違う姿を見せる夜の町。私が見てみたいと思ったのは普段通っている都立回文中学校だった。誰にも怒られずに夜の学校を冒険できることなんて、今を逃したらもう二度とないかもしれない。

 私は学校の方向を目指して空を飛んだ。

「あれってもしかして、樹林寺(きりんじ)先生」

 学校の近くまでやってくると、コンビニから見覚えのある男性が出てくるのが見えた。担任の樹林寺人力先生だ。もしかして、この辺りに住んでいるのかな? 先生は大人だし、夜中に外出していても何の問題もないけど、明日も普通に学校だし、こんな時間まで起きていて大丈夫なのかな? 

 睡眠不足が心配だけど、謎多き樹林寺先生の日常が見えたのが楽しくて、コンビニから帰る先生の背中をしばらく(なが)めていると。

「えっ? こっちを見た」

 突然、樹林寺先生が後ろを振り向いた。その目線は高く、まるで私の方を見ているみたいだ。幽霊状態の私の姿は誰の目にも見えないはず。夜中でもたまに通行人がいて、すれ違うこともあったけど、誰一人として私に気づいた人はいなかった。

「もう。驚かせないでよ」

 先生はしばらくこっちを見ていたけど、私に声をかけたりはせず、再び前を向いて歩き始めた。私が見えているんじゃないかとビックリしたけど、私が気付かなかっただけで、猫か何かの気配でも感じたのかな?

 そのまま先生とはコンビニ前で別れて、私は学校へと向かった。