書店の紙カバーをつけたまま、俺は「電気羊」を高校に持ってきていた。しかし、行きの電車は安奈と一緒だし、休み時間は拓磨と香澄と過ごすしで、校内では読む機会が見当たらなかった。
昼休み。昼食をとり終えた俺は、拓磨と香澄に断りを入れて、芹香の席へ向かった。
「昨日言ってた本、買ったんだ」
「そう」
どうしよう、まるで話が進まない。芹香もパンを食べ終わり、コーヒーの紙パックを右手に持っていた。
「コーヒー、好きなの? 俺も好き」
「ふぅん」
何この塩対応。全く話が盛り上がらない。大人しく自分の席に戻った方がいいのでは、と思ったとき、優太が現れた。
「やっほー芹香! ついでに達矢も!」
優太は何の遠慮も無く、空いていた芹香の前の席にどかりと腰かけた。
「何しに来たの」
「芹香の顔を見に?」
また、クラスの注目が集まった。優太が芹香に告白したことは、もう一年生の間ではほとんどの人が知っているのではないだろうか。このままだと、芹香も流されてしまうかもしれない。
「達矢だって、彼女いるんだからわかるでしょう? 好きな人の顔見たいっていう気持ち」
「だからといって、クラスにまで押し掛けてくる気持ちは分からないね」
俺がそう言うと、優太はヘラヘラとした笑みを浮かべた。芹香はまた舌打ちをして、優太を睨み付けた。
「迷惑なんだけど」
芹香が言うと、優太はますます笑顔になった。なんだこいつ。邪険に扱われても、相手してもらえるだけ良いっていうことなのだろうか。
「そう? おれ、黙ってここの席に居るからさー、それだけでもダメ?」
「ダメ」
短く芹香が言うと、よいしょっというかけ声をかけて、優太は立ち上がった。
「じゃあ、また来るねー」
「来るな」
ひらひらと手を振り、優太は行ってしまった。俺はとりあえず、芹香に同情することにした。
「なんか、大変なことになったね」
「本当にそれ。あたし、高校では目立ちたくなかったのに、あの金髪のせいで台無し」
音を立ててコーヒーを飲み干した芹香は、今度は俺の目をじっと見つめてきた。
「で? 達矢はいつまでそこに突っ立ってるわけ?」
「あっ、うん、戻るよ」
俺が元の席に座ると、拓磨が話しかけてきた。
「達矢、気になるのはわかるけど、あまりグイグイ行っちゃダメだよ」
まさか、拓磨に芹香への恋心がバレたのか、と思いきや、そうでは無かった。
「達矢って、一人で居る子を放っておけないタイプだろ? 香澄と一緒」
「ボク、そんなことないよ?」
「いーや、そうだった。オレと香澄だって、最初はオレが一人で居たら香澄から絡んできたんだよ」
よくよく聞いてみると、二人の仲は中学一年生の頃にまで遡るらしい。当時から背が高く恐いイメージを持たれていた拓磨は、根が小心者のせいもあって、誰とも話せずにいたのだとか。そこに、香澄が現れたと。
「オレのときは、喋れる奴ができて良かったって思ったけど、呉川さんはそうじゃないかもしれない。一人で居させてあげなよ」
拓磨の言うことはもっともだった。芹香はいつも、文庫本を武器のように携え、誰にも近付かれないようにしていた。俺も、干渉が過ぎたかもしれない。そう反省していると、香澄の呑気な声がかかった。
「じゃあ、次はボクが行ってこようっと!」
「おい香澄、オレの話聞いてたか?」
どこ吹く風、といった様子で、香澄は芹香の前の席に座った。むっと文庫本から目を離した芹香。ここからだと、二人の会話はよく聞き取れない。俺と拓磨は慎重に彼らの様子を見守った。
すると、笑ったのだ。あの芹香が。俺には微笑み一つ返してくれない彼女が。よく見てみると、香澄は自分のネイルを芹香に見せているようだった。ほどなくして、香澄は俺と拓磨のところへ戻ってきた。
「えへへ。ネイル、褒めてもらっちゃった」
爪と同じく、薄桃色に頬を染めて、香澄はにやけた。
「ど、どうやって芹香を笑わせたんだよ?」
俺が聞くと、香澄は人差し指を自分の口の前に立てた。
「内緒」
「なんだよそれ」
香澄は上機嫌といった感じで、自分の爪を撫で始めた。拓磨がため息をついた。
「香澄はいつもこう。よくわかんないけど、自分のペースに引き込んじゃうの」
三年間の付き合いがある拓磨にとって、これは通常営業ということらしかった。俺は歯がゆかった。俺にもあんな風に、笑顔を見せてくれることがあるだろうか?
「それよりさー、何か飲み物買いに行かない?」
香澄の提案で、俺たちは自販機に向かった。一年生の教室からだと、中庭にある自販機はすぐそこだ。
「俺、コーヒー」
まず最初に俺がコインを入れると、拓磨もコーヒーを、香澄はオレンジジュースを買った。そのまましばらく、俺たちは飲み物を飲みながら、中庭で過ごすことにした。香澄が言った。
「ねえねえ達矢。彼女のこと、ボクたちにも紹介してよ」
その申し出は、何とも都合のいいことだった。
「いいぞ、香澄。俺も安奈を会わせてみたいと思ってたところだ」
「じゃあ今日の放課後寄り道しようよ!
拓磨もバイト無いんでしょう?」
「ああ、いいけど」
俺は安奈にラインを打った。今日の放課後、俺の友達と一緒に寄り道しようと。既読はすぐにつかなかった。授業が終わる頃になってようやく、オーケーのスタンプが来た。さあ、安奈の男嫌いを治す作戦スタートだ。
昼休み。昼食をとり終えた俺は、拓磨と香澄に断りを入れて、芹香の席へ向かった。
「昨日言ってた本、買ったんだ」
「そう」
どうしよう、まるで話が進まない。芹香もパンを食べ終わり、コーヒーの紙パックを右手に持っていた。
「コーヒー、好きなの? 俺も好き」
「ふぅん」
何この塩対応。全く話が盛り上がらない。大人しく自分の席に戻った方がいいのでは、と思ったとき、優太が現れた。
「やっほー芹香! ついでに達矢も!」
優太は何の遠慮も無く、空いていた芹香の前の席にどかりと腰かけた。
「何しに来たの」
「芹香の顔を見に?」
また、クラスの注目が集まった。優太が芹香に告白したことは、もう一年生の間ではほとんどの人が知っているのではないだろうか。このままだと、芹香も流されてしまうかもしれない。
「達矢だって、彼女いるんだからわかるでしょう? 好きな人の顔見たいっていう気持ち」
「だからといって、クラスにまで押し掛けてくる気持ちは分からないね」
俺がそう言うと、優太はヘラヘラとした笑みを浮かべた。芹香はまた舌打ちをして、優太を睨み付けた。
「迷惑なんだけど」
芹香が言うと、優太はますます笑顔になった。なんだこいつ。邪険に扱われても、相手してもらえるだけ良いっていうことなのだろうか。
「そう? おれ、黙ってここの席に居るからさー、それだけでもダメ?」
「ダメ」
短く芹香が言うと、よいしょっというかけ声をかけて、優太は立ち上がった。
「じゃあ、また来るねー」
「来るな」
ひらひらと手を振り、優太は行ってしまった。俺はとりあえず、芹香に同情することにした。
「なんか、大変なことになったね」
「本当にそれ。あたし、高校では目立ちたくなかったのに、あの金髪のせいで台無し」
音を立ててコーヒーを飲み干した芹香は、今度は俺の目をじっと見つめてきた。
「で? 達矢はいつまでそこに突っ立ってるわけ?」
「あっ、うん、戻るよ」
俺が元の席に座ると、拓磨が話しかけてきた。
「達矢、気になるのはわかるけど、あまりグイグイ行っちゃダメだよ」
まさか、拓磨に芹香への恋心がバレたのか、と思いきや、そうでは無かった。
「達矢って、一人で居る子を放っておけないタイプだろ? 香澄と一緒」
「ボク、そんなことないよ?」
「いーや、そうだった。オレと香澄だって、最初はオレが一人で居たら香澄から絡んできたんだよ」
よくよく聞いてみると、二人の仲は中学一年生の頃にまで遡るらしい。当時から背が高く恐いイメージを持たれていた拓磨は、根が小心者のせいもあって、誰とも話せずにいたのだとか。そこに、香澄が現れたと。
「オレのときは、喋れる奴ができて良かったって思ったけど、呉川さんはそうじゃないかもしれない。一人で居させてあげなよ」
拓磨の言うことはもっともだった。芹香はいつも、文庫本を武器のように携え、誰にも近付かれないようにしていた。俺も、干渉が過ぎたかもしれない。そう反省していると、香澄の呑気な声がかかった。
「じゃあ、次はボクが行ってこようっと!」
「おい香澄、オレの話聞いてたか?」
どこ吹く風、といった様子で、香澄は芹香の前の席に座った。むっと文庫本から目を離した芹香。ここからだと、二人の会話はよく聞き取れない。俺と拓磨は慎重に彼らの様子を見守った。
すると、笑ったのだ。あの芹香が。俺には微笑み一つ返してくれない彼女が。よく見てみると、香澄は自分のネイルを芹香に見せているようだった。ほどなくして、香澄は俺と拓磨のところへ戻ってきた。
「えへへ。ネイル、褒めてもらっちゃった」
爪と同じく、薄桃色に頬を染めて、香澄はにやけた。
「ど、どうやって芹香を笑わせたんだよ?」
俺が聞くと、香澄は人差し指を自分の口の前に立てた。
「内緒」
「なんだよそれ」
香澄は上機嫌といった感じで、自分の爪を撫で始めた。拓磨がため息をついた。
「香澄はいつもこう。よくわかんないけど、自分のペースに引き込んじゃうの」
三年間の付き合いがある拓磨にとって、これは通常営業ということらしかった。俺は歯がゆかった。俺にもあんな風に、笑顔を見せてくれることがあるだろうか?
「それよりさー、何か飲み物買いに行かない?」
香澄の提案で、俺たちは自販機に向かった。一年生の教室からだと、中庭にある自販機はすぐそこだ。
「俺、コーヒー」
まず最初に俺がコインを入れると、拓磨もコーヒーを、香澄はオレンジジュースを買った。そのまましばらく、俺たちは飲み物を飲みながら、中庭で過ごすことにした。香澄が言った。
「ねえねえ達矢。彼女のこと、ボクたちにも紹介してよ」
その申し出は、何とも都合のいいことだった。
「いいぞ、香澄。俺も安奈を会わせてみたいと思ってたところだ」
「じゃあ今日の放課後寄り道しようよ!
拓磨もバイト無いんでしょう?」
「ああ、いいけど」
俺は安奈にラインを打った。今日の放課後、俺の友達と一緒に寄り道しようと。既読はすぐにつかなかった。授業が終わる頃になってようやく、オーケーのスタンプが来た。さあ、安奈の男嫌いを治す作戦スタートだ。