週末まで、俺は忙しく過ごした。安奈と寄り道をして帰ってからは、部屋の大掃除だ。特に、ベッド周りは入念に掃除機をかけた。それから、美容院に予約を入れた。優太にも、こんなことを頼んでみた。

「なあ、優太。ちょっと、学校じゃできない話があるから、できれば二人っきりで会いたいんだけど……」
「二人っきり!? それは男同士でも浮気になるからダメ!」
「えっと、勘違いしてないか? 俺は話をしたいだけなんだが」

 優太の誤解が解けたところで、土曜日が来て、俺はまず美容院に行った。毛先を多少揃えて、茶色くしてもらった。この姿を最初に見せるのは安奈では無い。優太だ。どうせ誰も居ないからと、俺は彼の家に呼ばれた。

「おおっ! 達矢、染めたんだ!」
「どうだ?」
「凄くいい! 似合うよ!」

 お褒めの言葉を頂いたところで、俺たちはダイニングテーブルに座り、まずはコーヒーをご馳走になった。

「で、なんだ? 二人っきりでしたい話って」
「その……安奈の準備ができたみたいなんだ。それで、芹香としたときの話を聞きたくて」

 優太は身を乗り出した。

「えっ!? 二人ってまだしてなかったの!?」
「う、うん」
「そっかー、おれ、てっきりしてるとばっかり」

 ややこしい説明は優太には無しだ。俺はただ、タイミングを見計らっていたのだとだけ説明した。

「ゴムは持ってる。父親に渡された」
「マジで? すげぇ親だな」
「安奈のこと、うちの親もよく知ってるからな」

 それから俺たちは、互いに赤面しつつも、芹香とのことを詳しく聞かせてもらった。初めては、やっぱり物凄く痛がるらしい。俺は身震いした。果たして自分にそんなことができるのだろうか。コーヒーの残りが尽きる頃、俺は聞いた。

「優太もこわかった?」
「そりゃあもう。だって、女の子の初めての相手になるわけだよ? それって一生残るし」
「だよなぁ。なんか俺、今さら怖気づいてきた。本当に俺でいいのかな?」
「いいから、安奈ちゃんも家に行きたいって言ってきたんだろ? 自信持ちなよー」

 俺はポンポンと頭を撫でられた。

「ありがと、優太」
「いいって。達矢がおれを頼ってくれたのが嬉しいな」
「頼れるのがお前しかいなかったからな」

 ちょっと前までは、恋敵のはずだったのに。これも不思議な関係だ。きっと芹香は、俺が彼女のことを好きだったことを、優太に話すつもりはないだろう。なら、俺も優太には言わない。ちょっとした秘密だ。

「達矢、帰ったら夕飯あるんだよな」
「まあ、今から言えば間に合うぞ。一緒に食うか?」
「うん! おれ、今料理の練習してんの。付き合ってよ」

 俺と優太は、スーパーに行き、特売の牛肉やタマネギを買い込んだ。それからハヤシライスソースも。優太が言った。

「これなら簡単っしょ」
「だな。包丁が使えれば何とかなる」

 その包丁さばきがぎこちなく、俺はヒヤヒヤしたが、なんとか優太はタマネギを切り終わり、鍋に入れて炒めた。

「芹香もさ、家にいつも夕飯無いの。だから、おれが時々行って作ろうと思って」
「そっか。努力してるんだな。芹香のこと、預けても安心だわ」
「達矢は芹香のお父さんか何か?」

 優太は笑った。芹香は母子家庭だと聞いていたから、俺は友人であり父親になろうかなんて思った。この先、優太が芹香を泣かせるようなことがあれば、容赦しない。

「芹香のこと、きちんと頼むぞ?」
「わかってるって。わっ、タマネギ焦げた!」

 炒めすぎたらしい。優太は慌てて牛肉を入れた。ほどなくしてハヤシライスは出来上がり、俺たちはそれを食べた。

「うん、美味いな」
「マジで? やったぁ!」

 少々焦げているところはあるものの、ルーの味が濃いおかげか誤魔化されていた。牛肉の柔らかさも申し分ない。洗い物も優太がした。夜の七時になろうとしていた。

「優太のご両親、まだ帰らないのか?」
「うん、多分今日は帰らない。うちの親、仲悪いの。おれが高校卒業したら、多分離婚すると思う」
「そっか、悪いこと聞いたな」
「全然! 芹香が居るし、寂しくないよ」

 芹香が優太のことを気にかけた理由の一つに、この家庭環境は無関係ではないだろうと俺は思った。二人とも、帰っても夕飯がない高校生同士だ。俺の知らないところで、きっと多くの共感があったのだろう。

「あー、達矢が帰ると思ったら寂しくなってきちゃった。一緒に寝る?」
「誰が寝るか!」
「えーい、芹香呼んじゃおっかな?」

 そう言って、本当に優太は芹香を呼び出し始めた。

「やった! 来てくれるって!」
「じゃあ、その前に俺は退散するな」

 準備は整った。後は、当日を迎えるだけだ。優太の家を出ると、心地よい夜風が俺の肌を撫でた。もうすぐ秋。変化の秋だ。俺と安奈の仲も、変わっていく。変えてみせる。