本当の恋人になって二日目。俺たちは、交差点に集まった。

「おはよう、達矢」
「おはよう」

 安奈は俺の右手に手を絡めてきた。

「恋人だから、いいでしょう?」
「しょうがねぇなぁ」

 手を繋いだまま、俺たちは登校した。校内中の視線が痛い。一応、俺たちは別れ、失意の安奈が髪を切ったことになっている。その二人がこうして復縁しているというのは、いい話のネタになることだろう。そのまま安奈は一組の教室に着いてきた。

「おはよう、お二人さん」

 香澄が俺たちをじっと見てきた。拓磨もだ。

「えっと……二人は事情を知ってるんだよね?」

 安奈が聞いた。それには拓磨が答えた。

「ああ。まあ、それが二人の答えなんだな。おめでとうさん」
「やっぱり達矢と安奈ちゃんはそうあるべきだよ! 良かったね!」

 二組へと安奈が行った後、一樹に話しかけられた。

「復縁したのか?」
「ああ」
「そっか。オレなんか、入る隙無かったな」
「へっ?」
「オレの好きな人。安奈ちゃんだったんだよ。夏休みに二人でも会った」
「ちょっ、それ、聞いてない!」

 どうやら、安奈があのとき言っていた「好意を向けられている男の子」とは一樹のことだったらしい。しかし、一樹によると、キッパリと友達だと宣言されたと。

「悔しいけど、お似合いの二人だよ」
「あ、ありがとう」

 一樹には、本当のことは言えていない。ただ、短期間別れていただけに思われているのだろう。しかし、それを言う必要もないか、と俺は話を打ち切った。
 一組には、芹香目当てで優太が来ていて、ホームルーム前に話しかけられた。

「良かったー! 達矢と安奈ちゃん、より戻ったんだな!」
「おう」

 こいつにも、真相は明かさない方がいいだろう。

「これでまた、ダブルデートできるな!」
「おいおい、その心配してくれてたのか?」
「もちろんだよ! おれ、達矢と安奈ちゃんは推しカップルだからさー。二人の仲が戻って本当にホッとしてる!」

 優太の後ろで、芹香はわずかに微笑んでいた。口は出してこないが、きっと彼女も安心してくれているに違いない。
 放課後は、もちろん安奈と一緒に帰った。今日はカフェへ寄り道だ。俺は一樹とのことを問いただした。

「ああ、一樹くんったら、達矢に言っちゃったんだ」

 安奈は眉根を下げた。

「一樹くんとはね、臨海公園に行ったの。告白されかかったけど、いい友達で居たいからって釘刺しといた」
「っていうか、いつの間に二人っきりで会ってたんだよ」
「達矢こそ、千歳ちゃんと二人で遊びに行ったでしょう?」
「うっ」

 口角を上げた安奈は、つんと俺の鼻先をつついた。

「もう、女の子と二人では会わないでね?」
「安奈こそ、他の男と二人で会うなよ?」

 俺たちは指切りをした。そして、週末の予定について話し合った。俺は提案した。

「どっか行くか? 遊園地とか、動物園とかさ」
「ううん。それより、二人でゆっくりしたいな」
「いつもの公園か?」
「それも良いけど、久しぶりに達矢の部屋に行きたいな」

 俺の部屋。どうしよう、心の準備どころか物理的な準備ができていない。

「い、いいけど、汚いぞ?」
「分かってるって。それでもいいの。二人っきりになれる場所に行きたい。だって、わたしたち、本当の恋人でしょう?」

 これは、アレだ。明らかにそういうことだ。安奈が身を乗り出してきた。不敵な笑み。こんな表情をする女の子だっただろうか? 見慣れているはずの彼女の顔が、正面から見られなくなってきた。

「じゃ、じゃあ、日曜日な。それならうちの親、出かけてるから」
「うん。決まりね」

 安奈は頬杖をつき、俺の瞳を見つめてきた。

「なんだよ」
「わたしの彼氏、カッコいいなぁって思って」
「そんなことないぞ?」
「もう、達矢は自分のこと過小評価しすぎ。本当にカッコいいよ、達矢は」

 もしかして、これが本当の安奈なのだろうか? 今までの姿は、彼女なりに必死に幼馴染を演じていただけなのだろうか。その留め金が無くなり、本性を晒しているというのだろうか。

「芹香ちゃんや千歳ちゃんに取られなくて良かったぁ。わたし、毎日ヒヤヒヤしてたんだからね?」
「それは、謝る」
「でも、あのときは芹香ちゃんのことが本当に好きだったんだもんね」
「うん。今は、安奈のことが一番だぞ?」
「えへへ」

 俺は安奈の髪を撫でた。あのことがきっかけで、髪を切ったのは明白だった。正直惜しいと思ったが、ショートの安奈もまた、可愛いのは事実だ。

「短いのもいいな」
「そう? じゃあしばらくはこのままでいようかな」

 安奈は嬉しそうに自分の毛先を撫でた。

「そういえば、達矢染めるって言ってなかった?」
「ああ。でも、安奈がそのままの方がいいって言ってたから」
「なんだ、覚えてくれてたの? でも、染めてみてもいいかも。わたし、見てみたい」

 にゅっと安奈の手が伸びてきて、俺の髪を触った。俺は覚悟を決めた。そのためにも、まずは形から入ることにした。