二学期になって初めての図書当番があった。ずっと気になっていたのだろう。誰もいなくなるとすぐに、芹香が聞いてきた。

「別れた、ってどういうことなの?」

 俺は芹香にも洗いざらい話した。自分の気持ちが分からないということも。

「そっか。それは辛いね」
「芹香こそ、仲良くやってる?」
「うん、まあね。といっても、今までとそんなに変わらないかも。校内じゃベタつかれたくないから蹴ってるしね」
「あはは、そうだった」

 昼休み、芹香と優太は一緒に昼食をとるようになっていた。しかし、スキンシップを取ろうとするとたちまち叱られるのが常だった。彼らはすっかりバカップルとして校内で知られていた。

「今の、安奈ちゃんの気持ちはどうなのかな? あたし、確かめてあげようか?」
「いや、いい。下手に刺激したくない」

 そう、それも問題だった。果たして安奈は、今も俺のことが好きなのだろうか。髪と一緒に、俺への想いも切り落としてしまってるんじゃないか。そう思うと、悲しくなる自分が居た。
 始業式に拒絶されて以来、俺はなるべく近付かないようにしていた。一組に引きこもり、接点を持たないよう。もう、俺のことなど嫌いになってしまったんじゃないか。そうなれば、どうしようもない。
 好きって何だろう。俺は考えた。好きにも色んな種類がある。今の俺は、芹香のことを友達として好きだ。けれど、優太と付き合うまではそうではなかった。別な感情だった。なぜ俺は、芹香を好きになったんだろう。そうぐるぐる考えているうち、こんな言葉が漏れてしまった。

「実は俺、芹香のこと好きだったんだよね」

 芹香はぱちくりとまばたきをした。

「えっ、マジで?」
「マジ。もう吹っ切れたけど」
「気付かなかった。そっか、そうだったんだ」
「それで、安奈には協力なんかさせてさ」
「ああ、誕生日の件はそういうことだったんだね。ようやく納得がいったよ」

 完全下校のベルが鳴った。喋り足りなかった俺たちは、いつかと同じくファミレスに来た。

「達矢、そんなグラタンだけで足りるの?」
「うん。最近、食欲無くてさ」

 安奈の本当の気持ちを知って以来、物が上手く飲み込めなくなった。流動食のような物が丁度いい。

「芹香、優太のこと好き?」
「うん、好きだけど……」
「その好きってどういう好き?」

 ナポリタンを口に運びながら、芹香は頭を悩ませた。我ながら、難しい質問をしているとは分かっている。芹香は真摯に答えてくれた。

「そうだね。自分にはこの人しか居ないし、この人には自分しか居ない。そんな気持ちかな」
「ありがとう。あと、優太に対して性欲ってある?」

 芹香はみるみるうちに顔を赤らめた。

「ちょっ、達矢、何てこと聞くのさ!」
「いやあ、拓磨と香澄が、性欲の問題もあるとか言ってたから」

 ポリポリと頬をかいて、芹香は言った。

「その……もうしたよ。夏休みが終わる日に」
「そっか。そうだったんだ」

 不思議とショックは無かった。それよりも、安奈のことで頭がいっぱいだ。もし、俺がしたいと望んだら、彼女は受け入れてくれるだろうか? 受け入れてくれたとして、それは互いにとって幸福なことなのだろうか?

「芹香は今、幸せ?」
「うん、幸せ。達矢に話すのは複雑な気分だけど……。やっぱりいいものだよ、好きな人と結ばれるっていうのは」
「俺は、安奈には幸せになってほしいんだ。だから、男嫌いも治そうとしてきた」

 そうだ。その気持ちはずっと揺らがない。俺は安奈の幸福を第一に考えてきた。だから彼女の嘘に乗った。彼女には幸福であってほしい。その想いは変わらない。

「安奈を幸福にしてくれる男が現れればいいってずっと思ってた。俺なんかじゃダメだって。でも、安奈は俺を望んでいた。それを俺は気付けなかった」
「まあ、安奈ちゃんにも否はあるかな。恋人のフリさせといてそっちから気付けっていうのは無理だよ」

 コホン、と芹香は咳払いをした。

「現に、あたしだって達矢の好意には気付けてなかったわけでさ? 優太みたいにわかりやすくなかったもん」
「あいつは本当に素直だよな。俺、ずっと羨ましいって思ってた」
「素直すぎるのも困るけどね? 校内でちゅーしよーとか言われたときは顔面ぶん殴ったよ」

 プフッ、と俺は吹き出した。芹香も笑った。ようやく、グラタンの味がしてきた。ここのグラタンはこんなに甘かったっけな。俺はドリンクバーに行って、芹香と二人分のアイスコーヒーを取ってきた。
 こんな状況だが、芹香と話すのは楽しい。俺はピアスを触った。これのお陰だ。俺と彼女は今、友人同士で対等に会話をしている。きっと五年後も、酒を酌み交わしながら、近況を話すのだろう。そんな未来が今、見えた。

「ねえ、達矢にとっての幸福って何?」

 カラン、と芹香の持つグラスの氷が揺れた。俺はその問いにはすぐには答えられずにいた。安奈にとっての幸福を考えたことはあっても、自分にとってのそれは想像だにしなかった。

「言い方変えようか。誰と居るときが一番幸せ?」

 俺は今までの日々を思った。拓磨や香澄、優太、一樹といった男友達。目の前にいる芹香や、あの千歳ちゃん。それぞれに、かけがえのない存在だ。
 でも、一番は。俺が思い浮かべたのは、いつもの公園だった。