千歳ちゃんと別れてから、今日の事を安奈に話すべきか俺は考えていた。俺は千歳ちゃんを振ったことになるのだろう。明確な言葉はこちらからは吐いていないが。しかし、「妹」という一言が、彼女にとっては決定的だったのだ。
 俺は今までの千歳ちゃんとのラインを読み返した。彼女の想いを知らされた今、何気ないやり取りの意味合いが変わって見えた。俺は安直に、楽しみだとか可愛いだとかいう言葉を伝えていた。それがどんなに残酷なことだったのか。
 結局、安奈に伝えることにして、いつもの公園に彼女を呼び出した。

「どうしたの? 話ってなぁに?」

 俺はベンチに座りながら、千歳ちゃんに告白されたことを話した。安奈の反応は、意外なものだった。

「そっか。やっぱりね」
「やっぱり、って安奈は気付いてたのか!?」
「うん。人が人に向ける好意くらい分かるよ、わたしには」

 安奈はこれまで、何人もの男子から告白を受けている。だからだろう、そういうものに敏感なのは。

「さすがだな、安奈は」
「うん。告白しちゃうだなんて、予想外だったけどね。わたしっていう彼女も一応居るのに」
「ああ、凄いと思う」

 俺はいつかの安奈との会話を思い出した。映画の感想を言い合っていたときのことだ。相手にその気がないと分かっていて告白する気持ち。やっぱり俺には分からない。自分が傷つくだけなのに。なぜ千歳ちゃんはそうしたんだろう。

「千歳ちゃん、きっと無意識だったんだと思う。わたしのこと真似るの。ううん、逆かな。わたしを真似たくて、達矢のことが好きになったのかもしれない」
「どういうことだ?」
「千歳ちゃんは、わたしになりたかったんだよ、きっと」

 その言葉の意味はよく分からなかった。けれど、安奈の言っていることが正解な気もした。千歳ちゃんは、この気持ちは閉じ込めると言った。だったら俺は、どうするべきなんだろう。何もかもが分からなくなってきた。

「あのね、達矢。わたし、人の好意が分かるって言ったじゃない?」
「ああ、うん」
「最近もね、分かったの。わたしのことを好きな男の子が居るって。直接言われたわけじゃない。でも、分かった」

 安奈は目を閉じ、下唇を噛んだ。

「……安奈は、その人とどうなりたいんだ?」
「どうにもなりたくない。友達のままでいたい。その人の彼女にはなりたくない」
「でも、チャンスじゃないか? 本当の恋人になれるかもしれないぞ?」

 はあっ、と安奈が大きなため息をついた。

「達矢って、本当に鈍感だよね」
「はあっ? 失礼だな。確かに、千歳ちゃんの好意には気付いてなかったけど……」
「そうじゃない」

 安奈は握りこぶしを作っていた。大きな瞳から、一筋の涙が流れた。

「もう、無理。達矢と恋人のフリし続けるの、無理だよ」
「そっか。じゃあ、解消しよう。それで安奈が楽に……」
「違うの!」

 キッと俺を睨みつけた安奈は、大声を出した。

「達矢のバカ! なんで気付いてくれないの? わたしが好きなのは、達矢だよ? 保育園のときから、ずっとずっと好きだった。本当の恋人になりたかった。フリじゃなくて、本当の恋人に……」

 そのまま安奈は顔を両手で覆い、嗚咽を漏らした。俺は背中に手をあてようとしたが、振り払われた。

「分かってるよ。達矢はずっと、わたしのことを幼馴染としか見てくれていない。わたしだけが好きなんだってこと。分かってるよ。でも、もう限界なの。色んな人の好意が、わたしや達矢に向けられてるって知って、どうにもならなくなっちゃったの」
「安奈……」

 俺は嘘をついていた。安奈と付き合っているという嘘を。彼氏のフリをした。し続けた。でも、彼女は違った。彼女がしていたのは、幼馴染のフリだった。その現実に気付いて、俺は今すぐ逃げ出したくなった。俺は今まで、どんな言葉を彼女にかけていた?

「別れよう、達矢。恋人ごっこはもうおしまい」

 涙をぬぐいながら、安奈は立ち上がった。そして、いびつに笑った。

「今までありがとう。楽しかったよ」

 そして、駆けだして行ってしまった。俺はベンチから立ち上がる事さえできず、呆然と安奈の後ろ姿を見つめていた。
 何やってんだ、俺。
 幼馴染を守りたかったはずなのに、逆に彼女を傷つけていた。そのことに、今まで気付かなかった。芹香とのことだってそうだ。彼女はどんな気持ちで、俺のことを応援していたのだろうか。

「あー!」

 俺は一人、公園で叫んだ。それで何がどうなるわけでもなかった。ただ、涙が溢れていた。次から次へと、とめどなく。
 この前から、色んなことがあった。芹香に失恋して。千歳ちゃんの想いを断って。安奈の本当の気持ちを知って。俺が今までしてきたことは、何だったんだろう? 全てが悪い方向にしか傾いていないじゃないか。バカだ。俺はバカだ。一番大事な幼馴染の気持ちさえ分からない大バカ者だ。