ピアスをあけたことで、少しずつ何かが変わっていった。芹香のことを思い出す度、俺は耳に触れた。硬く冷たいピアスは、俺のお守りになった。
 安奈からは、俺を気遣うメッセージが来た。イギリス土産を渡したいとも添えてあった。それで、八月の中旬、いつもの公園に集まった。

「達矢」

 少しだけ前髪を切った安奈が俺に笑いかけた。

「それ、自分で切った?」
「うん。よく気付いたね。達矢こそ、ピアスあけてる」
「ああ」

 安奈は大きな紙袋を持ってきていた。中に入っていたのは、クッキーの缶と大量の紅茶のティーバッグだった。
 それと、貸しっぱなしにしていた例の小説も返して貰った。どうやら安奈には難しすぎたらしく、途中で読むのを断念したらしい。

「俺からも。これ、母さんが持っていけって」

 俺も紙袋を差し出した。地元の和菓子の詰め合わせが入っていた。俺たちは毎年こうしている。

「イギリス、どうだった?」
「ゆっくり……はできなかったかな。今回は色んな親戚が集まったから、忙しくて」

 それから俺たちは、夏休みの宿題の進み具合とか、それぞれの家族の様子とか、そんなことを話し合った。山手家と若宮家は俺たちを介して今も繋がっている。それが再確認できた。

「それでさ、安奈」
「なぁに、達矢」

 気持ちの良い風が、俺たちの間を吹き抜けていった。

「俺、芹香ちゃんとはこれからもいい友達でいる。もちろん、優太とも。また四人で遊びに行こうな?」

 まだ、完全に吹っ切れたわけじゃない。けれど、そうした決意を安奈に話すことで、心の整理がつく気がした。

「うん、分かってる。わたし、芹香ちゃんのことも優太くんのことも大好き。あの四人でもっと過ごしたい」

 相変わらず理解ある幼馴染だ。あの夏祭りは、俺たちの絆を深めるいい機会になった。

「それと、拓磨くんや香澄くんも。あの四人も、楽しかったよね?」
「ああ、そうだな。また放課後寄り道しようか」

 あの別荘以来、彼らとは会っていない。拓磨は大丈夫だろうが、香澄は今頃宿題で必死なのかもしれない。

「ねえ、達矢。やっぱり、わたしたち二人でも遊ぼうよ。夏休みはまだあるし」
「やだ。俺、残りの期間はのんびりしたいの」
「二人でのんびりしようよ」
「安奈が居たらのんびりできないんだよ」

 ぷくっと頬を膨らませた安奈は、恨めしい目を俺に向けた。

「達矢のバカ」
「はいはい」

 夕飯どきになったので、俺たちはそれで解散した。家に帰り、俺は母親にイギリス土産を見せた。

「わあっ、こんなに沢山! 嬉しいわぁ」
「母さん、紅茶好きだもんな」

 今夜のメニューはコロッケだった。それを食べながら、若宮家の近況について俺は両親に話した。

「静枝さんもサムさんもお元気そうで何よりね」

 安奈の両親のことだった。父親が言った。

「サムさんとはまた、飲みにでも行きたいんだがなぁ」
「もう、サムさんのペースに合わせてたら大変でしょう?」

 あちらの両親は二人ともお酒が強い。きっと安奈もそうなのだろう。ふと、芹香との約束を思い出した。二十歳になったら飲みに行こうという約束だ。今でも俺は、それを叶えたいと思っている。男友達として。
 そういえば、安奈とはどうなるのだろう。二十歳の安奈。今よりも、ますます綺麗になっていることだろう。その頃にはお互い恋人も居るかもしれない。安奈ともお酒を飲みたいな、と俺は考えた。
 夕飯を食べ終わり、風呂からあがると、ラインが来ていた。千歳ちゃんからだった。

『元気にしてる? 宿題の進み具合はどう?』

 そんな、何気ない内容だ。俺はすぐに返信した。

『元気だよ! 宿題もあと少しで終わる』

 読書感想文はできていた。ほとんどがあらすじを書いただけで終わった気がするが、こんなものは字数が足りていればそれでいいのである。

『私はもう終わったよ!』
『早いな。さすが千歳ちゃん』
『それでね、近いうちに会わない? 行きたいケーキ屋さんがあるの』

 ケーキか。久しく食べていないな。気分転換にもなりそうだし、いい機会かもしれない。

『いいよ! いつにしようか? 俺は明日でもいいよ』
『私も大丈夫! ねえ、今電話してもいい?』

 俺はベッドに寝転がった。

『いいよ』

 すぐに電話がかかってきた。

「達矢くん?」
「あいよ」
「えへへ、電話した方が早いと思って」
「そうだな。そのケーキ屋ってどこにあるんだ?」

 ケーキ屋は、俺と千歳ちゃんの丁度中間地点の駅前にあるらしい。俺たちはその駅で待ち合わせることにした。

「でも、本当にいいの? 私と二人で」
「えっ、いいぞ? 何か問題あるか?」
「安奈ちゃん、怒らない?」

 そうか、そうだった。普通は彼女持ちの男を誘うときは遠慮するもんだよな。俺は答えた。

「あいつのことなら大丈夫。言っても怒らないよ」
「そっか。良かった。じゃあ、また明日ね」

 それで電話を切った俺は、明日の服装を何にするか考えながら、眠りに落ちた。