いよいよ体育祭の日がやってきた。外は快晴。絶好の運動日和だ。とはいえ、俺には元々体力が無い。玉入れも、あっさりと白組に負けた。そんなことより、目当ては男子リレーだ。あの優太と一樹が対決する。俺は拓磨と香澄と一緒に、ゴール地点の近くまで来た。

「芹香ぁー! おれが勝ったら、ご褒美ちょうだーい!」

 優太はそんな声を張り上げていた。芹香は俺たちと少し離れたところに所在なさげに立っていて、名前を呼ばれたことに赤面していた。

「うるさい! バカ!」

 そう叫び返し、他の生徒にまぎれてどこかへ行ってしまった。

「何やってるんだあいつら……」

 拓磨は呆れた声を出した。ちなみに騎馬戦では赤組が勝った。拓磨の騎馬が猛攻を繰り広げていたからだ。しばらくは緊張感の無いレーンだったが、開始のアナウンスが始まるなり、ピリッと空気が張りつめた。スタートを告げるピストルが鳴った。

「いっけー! 頑張れー!」

 香澄は腹の底から声を出し、ぴょんぴょん跳ねながら応援し始めた。一組と二組が他の組を圧倒していた。どちらも運動部の精鋭ばかりだ。当然だろう。バトンは次々と渡り、ついにアンカーにまで到達した。優太と一樹が受け取ったのは、ほぼ同時だ。俺は息を飲んだ。香澄が声をあげた。

「うわっ、優太凄い! 一樹に食らいついてる!」

 やはり、運動部ではない優太は分が悪かった。一樹にぐんぐん引き離されていく。しかし、目は諦めていない。最終カーブを曲がり、一気に優太が追い付いてきた。そしてそのまま、優太は一樹を抜き去った。ゴールした後、二人ともその場にへたり込み、激しく息をついた。俺たちは、そんな二人のもとに駆け寄った。

「一樹、お疲れさま! 残念だったねぇ」

 香澄がポンポンと一樹の肩を叩いた。一樹は優太の方を見やると、立ち上がった。

「負けたよ。優太」

 そして、へたり込んだままの優太に、さっと右手を差し出した。優太は一樹の手を掴み、起き上がった。

「ありがとな、一樹。一樹も速かったよ」

 そこへ、近付いてくる一人の女子生徒の姿があった。芹香だった。

「はい。これ」

 芹香は優太にスポーツドリンクを差し出した。

「勘違いすんなよ。買ったはいいけど飲む気無くしただけだから」
「芹香ぁ!」

 抱きつこうとしたのだろう。大きく手を広げる優太の胴を、芹香は蹴とばした。

「えへへ、芹香、痛いよぉ」
「うるさい。黙って飲め」
「おれ、このペットボトル洗って大事にするんだ……」

 何やら気持ちの悪い言葉が聞こえてきたところで、二年生のリレーが始まるアナウンスが鳴り、俺たちはその場を抜けた。
 体育祭は、俺たち白組の勝利だった。かといって、何の感動も無かったが、香澄は違ったようで、放課後にこんなことを言い始めた。

「ねえみんな! 体育祭の打ち上げやらない? 一回着替えて、ご飯食べに行こうよー!」

 それにはクラスの女子たちが次々と乗った。香澄の「お客さま」たちだ。いつの間にか、一組の大半の女子生徒は彼にネイルをしてもらっていた。

「拓磨、どうする?」

 俺は聞いた。

「まあ、行くかな。というか、香澄が言い出しっぺなら仕方ない」

 芹香の方を振り向くと、彼女は窓の外を見ていた。こりゃあ、絶対行く気ないな。あっという間に話はまとまり、夜七時にファミレスに集合することになった。俺はとりあえず、安奈を迎えに二組へ行った。

「安奈ちゃん、達矢くん来たよ!」

 安奈と同じくポニーテールにしていた千歳ちゃんが、彼女を呼んでくれた。

「達矢、帰ろっか」
「おう。で、今日はそのまま帰るぞ。一組で打ち上げあるんだ」
「へえ、そうなんだ! 二組も打ち上げあるよ」
「安奈は行くのか?」
「迷ってるとこ」

 すると、千歳ちゃんが俺たちの間に割って入った。

「安奈ちゃんも行こうよー! 絶対楽しいからさ!」
「千歳ちゃんが言うなら、そうする」
「じゃあ、また後でねー!」

 千歳ちゃんに見送られ、俺たちは教室を出た。電車に揺られながら、安奈が優太の話をした。

「とっても幸せそうだったよ。ペットボトル抱きしめてた」
「芹香も律儀だよな」

 本当は、俺だって芹香から何か貰いたかったが、優太のような足の速さは無いから残念だ。そして、帰宅して着替えた俺は、時間を見計らってファミレスに行った。

「みんな、お疲れー!」

 香澄が音頭を取り、ドリンクバーで乾杯だ。山盛りのポテトやハンバーグなんかが並び、テーブルの上は満杯になった。クラスのほとんどが打ち上げに参加したようで、席は五つに別れていた。俺は色んな席を回ることにした。

「一樹、お疲れ!」
「おう、達矢もお疲れ!」

 一樹の右隣の席に座り、俺は持っていたコーラで彼と乾杯した。

「悔しかったな。まさか、帰宅部の奴に負けるなんてな」
「惜しかったな。来年もまたリレー出るか?」
「そうだな。今度こそ負けねぇ」

 それから俺は、今まで喋ったことの無かった女子たちとも話すことができた。芹香が居ないのは寂しかったが、このクラスで一年間やっていけることが幸せに思えた。