体育祭が近付いてきた。今日のホームルームは、香澄が前に立って、種目決めをしていた。

「はいはーい! 運動部の皆さんは、率先してリレーとかに手ぇ挙げてね! ボクたちか弱き者たちは玉入れに出るからさ!」

 俺もその、か弱き者たちの一人である。もちろん玉入れに手を挙げた。芹香もだった。そういえば、優太とのデートの感想をまだ聞けていない。後で話しかけに行こう。
 帰宅部だがガタイの良い拓磨は、騎馬戦に駆り出されていった。メインとなる男子リレーは、一樹がアンカーになった。

「いやぁ、みんな積極的で助かるよ。じゃあ先生、これで決まりね!」
「ありがとう、西山くん。それでは、ホームルームを終わりますね」

 今日は体育の授業もあった。種目が決まったので、各自練習だ。といっても、玉入れの練習なんて適当もいいところだが。リレー走者となった一樹は、バトンの受け渡しの練習をしていた。見ると、優太の姿もリレーの奴らの近くにあった。俺は優太に近寄った。

「優太もリレー?」
「うん、アンカー! おれ、こう見えて走るの速いんだよ?」
「へえ、じゃあ一樹と対決だ。おーい一樹、こいつが対戦相手だぞ」

 一樹を呼ぶと、彼は優太を見上げて不敵に笑った。

「呉川さんに告白して玉砕した奴だ」
「おれ、どこでもその覚えられ方してんのね。まあいいや。おれ、優太」
「一樹だ」

 二人は握手を交わした。当日はどうなるのか見ものだな、と俺は楽しみになった。それから、優太に聞いてみた。

「なあ、この前芹香と水族館行ったんだろ。どうだった?」
「げっ、なんで達矢がそのこと知ってんだよ?」
「芹香から直接聞いた。で、どうだったわけ?」
「ん-と、その、触ろうとして怒られてばっかりだった」
「バカだなぁお前」

 まあ、あのパーソナルスペースの狭さを芹香が嫌がるのは容易に想像できた。芹香の口からは、昼休みにでも聞いてみようと思った。
 女子の方を見ると、ポニーテールの安奈が必死に玉を拾っていた。あいつも玉入れか。体育祭の色分けは、奇数組が赤組、偶数組が白組になるので、安奈とは対決となる。さすがに女子の方まで話しかけにいくわけには行かなかったので、遠目から眺めて元の練習に戻った。
 昼休み、弁当を食べ終わった俺は、芹香の席に行った。今までは、近寄ると怪訝な表情を向けられたものだが、最近は薄く笑ってくれるようになった。

「ああ、達矢」
「優太とのデートの感想聞きに来た」

 芹香は文庫本をパタリと閉じ、大きく息を漏らした。

「あの犬、しつけがなってないんだけど? 水族館自体は久しぶりだったし楽しかったけど、隙あらば触ろうとしてきてさぁ」

 ペラペラとあったことを語りだす芹香。帰り道も、手を繋がれかけたので、思わず蹴り飛ばしたらしい。それでも優太は嬉しそうだったと。あいつ、ドМなんだろうか。

「まあ、いい息抜きにはなったかな。あたし、やっぱり男子と居る方が楽なんだわ。下心はあるけど、男友達としては認めてやってもいいかな」

 下心があるのがここにもう一人居るんだが、もしかして、他にも芹香を気にしている男子は居るのだろうか。芹香は可愛い。入学してすぐに、公衆の面前で告白してしまう奴が出てくるほど可愛い。今日も、艶々とした黒髪が綺麗だ。そんな想いを口に出さないように、俺は芹香から離れて拓磨と香澄の居る席まで戻った。

「なに話してたの?」

 香澄が聞いてきた。

「ああ、芹香が優太とデートしたって話」
「マジで!? 優太ってば、やるねー!」
「でも、男友達止まりなんだとさ」
「それでもいいじゃない! まずはお友達からでって本人も言ってたし」

 香澄は勉強の覚えは悪いが、色恋沙汰となると記憶力が良くなるらしい。拓磨の方を見ると、首の後ろに手をあて、頭をひねっていた。

「なんか、騎馬戦の練習してから首が痛い……」
「拓磨は土台だもんねぇ。どれどれ、大丈夫?」

 拓磨の首を香澄がさすった。そんなことで楽になるはずは無いのだが、拓磨は照れたように笑った。香澄が言った。

「ねえ、今日は拓磨、バイト無いでしょう? またあのドーナツ屋さん行こうよ! 安奈ちゃんも呼んでさ!」
「いいぞ、香澄。安奈にはラインしとく」

 そういうわけで、放課後は四人でドーナツを食べることになった。

「拓磨くん、また三つ食べるの?」

 安奈は可笑しそうに、拓磨のトレイを指した。その爪は、とっくにネイルを落としていて、素のままだ。

「ああ。ここのドーナツはいくらでも入る」
「凄いねぇ」
「そうだ、安奈ちゃん、またネイルしてあげるよ」

 香澄が言うと、安奈はふんわりと微笑んだ。

「ありがとう! じゃあ、体育祭が終わってからね?」
「うん! 体育祭では敵同士だね。ボク、負けないよ?」

 こうして、安奈が当たり前のように拓磨や香澄と会話できるようになったことに、俺はホッとしていた。中学時代の安奈なら、絶対にあり得なかった。彼女なりに、成長してきたということなのだろう。そんな、幼馴染の変化に胸を撫でおろしつつ、俺たちは体育祭までの期間を送った。