ゴールデンウィークが明け、日常生活が戻ってきた。残りの休み期間、俺は新しく買った本を途中まで読んでいた。映画には無いエピソードも入っていて、原作もまた面白いものだった。
 登校した俺は、芹香の席へ行った。

「おはよう、芹香」
「おはよう」

 いつもと変わらない冷たいトーン。しかし、挨拶を返してくれるだけで俺は嬉しかった。安奈にも、芹香への想いは伝えたし、これから徐々に距離を詰めていこう。

「今さ、また新しい本読んでるんだ。映画の原作になったやつ。ショットバーが舞台で……」
「それって、レイニング?」

 まさしくその本だった。芹香は無表情だったが、俺の顔はにやけていたように思う。やった、彼女もあの本を知っていたのだ。

「そう、それ!」
「あたしも読んだよ。映画は観てないけどね」
「俺は安奈と観に行ったんだ。原作の雰囲気がそのまま出ていて、なかなか良かったよ」

 ここで、俺は大きく一歩を踏み出した。

「なあ、芹香。映画、まだだったら、俺と観に行かない? 俺、気に入った映画は何度も観る派だから」

 さあ、どうだ。俺の心臓は高鳴った。芹香はつまらなさそうに目を伏せて、ふるふると頭を振った。

「映画は一人で観る派だから」
「そ、そっか」

 しかし、断られるのは想定内だ。俺はめげなかった。それに、今日は芹香と二人きりになれるチャンスがあった。一年生だけの図書当番が回ってくる日だったのだ。そこで、安奈とのことを話そう。そう決めていた。
 昼休みには、優太が芹香の席にやってきた。

「休みの間、何してたのー?」
「別に」
「ねえねえ、教えてよー」
「教える義理は無い」

 相変わらずの様子だったが、会話自体は長く続いていた。芹香も慣れたのだろう。優太には悪いが、俺は先に行くぞ。そう思いながら、彼らのやり取りを見て、残りの二時間分の授業をこなし、待ちに待った図書当番の時間を迎えた。

「はい、これで貸出冊数は無しですね」

 初めのうちは、本を返却に来る生徒がちらほらと現れた。芹香がテキパキと相手をするので、俺のすることは無かった。三十分ほどが過ぎると、図書室には俺と芹香だけになり、無音の空間の中、二人だけでカウンターに座っていた。そろそろだと思った。

「なあ、芹香」
「ん?」

 俺は咳払いをしてから、まずはこんなことを言った。

「安奈とは、仲良くしてやってくれよな。あいつ、人見知りだから、中々自分から話しかけることのできない奴でさ」
「……あたし、安奈ちゃんみたいな女の子女の子したタイプの子、けっこう苦手なんだけど」

 こう来るとは思わなかった。想定とは違ったので、軌道修正をしないと。

「そっか。でも、そうでもないぞ? あいつってけっこうガサツなところもあってさ、冷蔵庫のドアをお尻で閉めるし、靴のかかと踏んだままにしてるときあるし。皆が思ってるほど、女の子してないよ」

 すると、芹香がプッと吹き出した。

「彼女のガサツなとことか普通言う?」

 俺はポリポリと頭をかいた。そして、伝えた。

「実はさ、俺と安奈、本当は付き合ってないの。フリをしてるだけ」
「……へえ?」
「安奈の奴、男嫌いでさ。誰からも告白されないように、俺が彼氏のフリしてるだけなんだよ」
「男避けってわけか」
「そう」

 それから俺は、本当は安奈の男嫌いを治したいことや、「本当の恋人」ができればこのフリは解消するルールであることを話した。

「じゃあ、達矢は安奈ちゃんのこと、好きじゃないんだ?」

 その質問に、俺は詰まった。確かに恋人ではない。でも、嫌いでもない。

「好きだよ。幼馴染としては」
「そうなんだ」

 芹香は丸い瞳で俺の目を貫いた。どうしよう、そう見つめられてはドキドキしてしまう。

「なんであたしに話したの?」

 それへの回答は準備していなかった。俺は必死になって言葉を探した。

「その、安奈の男嫌い治すの、手伝ってもらおうかと思って」

 そんな答えになってしまった。芹香の目付きが鋭くなった。

「別に、治さなくてもいいんじゃないの? 本当の恋人なんかできなくても、高校生やっていけるし。安奈ちゃんが現状に満足してるんなら、それでいいと思う」

 ごもっともな意見だった。俺はこう切り返した。

「そういえば、芹香も、高校では誰とも付き合う気が無いって言ってたよな?」
「そうだよ。人付き合い自体、やりたくない」

 あの言葉は、そういう意味だったのか。しかし、俺は踏ん張った。

「なんで芹香はそう思うの? 何か、嫌なことでもあった?」

 しまった、これは踏み込みすぎたか。言ってしまってから、俺は後悔した。芹香が舌打ちをしたからだ。だが、彼女は一瞬目を閉じ、息を吐いた後、こう言った。

「……まあ、達矢からは打ち明け話もしてもらったことだし。言っても、いいかな」

 そうして、芹香は中学生時代の話を始めた。