ゴールデンウィークがやってきた。俺は安奈との約束通り、映画を観に行くため、服装を考えていた。映画館には、もしかしたら顔見知りが居るかもしれない。ちゃんとしたデートらしく装った方がいいだろう、と俺は綺麗めな青いシャツを着て、安奈の家に行った。

「ありがとう、達矢」
「んっ」

 安奈はサイドの髪を編み込んでまとめ、ハーフアップにしていた。服は爽やかなグリーンのワンピースだ。こういう清楚な恰好が彼女にはよく似合う。肩から提げているピンク色のバッグは、この前の誕生日のときに両親から貰ったものらしい。あと、俺が贈ったネックレスもしっかりとつけてきていた。安奈が言った。

「何か、感想ないの?」
「感想って?」
「服装」
「あー、可愛い可愛い」

 そんな適当な返事をして、俺たちは駅に向かった。高校へ行くのとは逆の電車に乗った。映画館は駅のすぐ目の前だ。コーラとポップコーンを買って、席に向かった。

「わあっ、けっこう満員だね、達矢」
「だな。予約してて良かったな」

 ポップコーンを分け合いながら、俺たちは映画を観た。ショットバーを舞台とした群像劇で、登場人物が大人ばかりだ。切ない恋愛模様もあって、安奈と観るのには少々背伸びしすぎたか、と俺は思っていた。終わってから、俺たちは洋食のレストランに行った。映画の半券を持っているので、ドリンクが一杯無料だ。

「良かったね、さっきの映画!」

 安奈は目を閉じて、まだ余韻に浸っていた。

「ああ。小説が原作らしいな?」
「わたし、買おうかな。この後本屋さん行こうよ」

 俺はチキンソテーを、安奈はオムライスを食べた。無料分のオレンジジュースを飲みながら、安奈が言った。

「達矢は分かる? 相手にその気が無いっていうのが分かってて、告白する気持ち」

 さっきの映画の話だった。俺はコーヒーをすすりながら考えた。今のところ、芹香は俺のことなどただの図書委員仲間としか思っていないだろう。この先だってずっと、そうかもしれない。そうしたとき、俺はあの映画の登場人物のように、想いを伝えることができるだろうか。

「難しいな。安奈こそ、分かるのかよ」

 安奈は自分の髪をいじりながら答えた。

「分かんないかも。わたしなら、ずっと秘めておく。伝えない」
「ふーん、そっか」

 俺はいつか、芹香に自分の想いを伝えたい。そのためにはどうするべきか、俺は考えた。やっぱり、本だ。それしか無い。

「なあ、俺も原作本買うよ」
「やったぁ! じゃあ、どっちが先に読み終わるか競争ね?」
「はいはい」

 書店に行くと、映画化されたこともあってか、目立つ位置にその小説は置いてあった。俺と安奈は真っ直ぐにその本を手に取って購入した。さて、この後どうしようか。俺は思案した。早く帰ってこの本を読み、芹香に話したい気持ちになっていた。すると、書店の前で声をかけられた。

「あれっ? 達矢?」
「おおっ、一樹!」

 ジャージ姿の一樹がそこに居た。部活帰りだろうか。俺は聞いた。

「どうしたんだよ、こんなところで」
「ここ、オレの最寄り駅なの」
「そっか。俺は安奈と映画観てきたとこ」

 ちらりと安奈を振り返ると、彼女は俺の背中にぴったりくっついて身を隠していた。何やってるんだ、こいつ。

「やあ、若宮さん」
「ど、どうも」

 安奈には、無理に一樹に会わせるななどと言われていたが、偶然会ったものは仕方がない。俺は提案した。

「なあ、一樹。この後暇か? 一緒にカフェでも寄っていかない?」
「暇だけど、いいのか? デートの邪魔しちゃって」
「いいのいいの。なっ? 安奈」
「……うん」

 俺たち三人は、書店から少し歩いたところにあるチェーン店に入った。さっきコーヒーを飲んだばかりなので、俺はアイスティーにした。安奈はミックスジュースだ。一樹はアイスのカフェラテを注文していた。

「若宮さんの私服、初めて見たよ。とっても可愛いね」

 せっかく一樹が褒めてくれているのに、安奈は困ったように眉根を下げるだけだった。俺が話を継いだ。

「安奈はいつもこんな感じだよ。小さい頃から、ワンピースとか好きでよ」
「うん、似合う。とっても似合うよ」
「あ、ありがとう……」

 消え入りそうな声で、安奈は辛うじてそれだけ言った。

「なんだかオレのジャージ姿が恥ずかしいな」
「何言ってるんだよ。カッコいいよ。いかにもサッカー部って感じでさ」

 俺はちらりと安奈の方を見た。お前も何か言え。そういう念を込めた。それが通じたようで、安奈は声を絞りだした。

「竹園くんも、その、カッコいいよ」
「あっ、オレのことは一樹でいいよ、安奈ちゃん」
「う、うん、一樹くん。サッカー部は大変?」
「ああ、人数が多いからさ、レギュラー争いが結構激しいの。一年生はまず入れないだろうなぁ」
「そ、そうなんだ」

 よし、多少おぼつかないが会話はできているぞ。それから、俺が二人の橋渡しをしながら、三人でカフェの時間を楽しんだ。