安奈の誕生日がやってきた。俺はカバンの中にあの日買ったネックレスを入れて登校した。いつもの交差点で、俺は安奈に言った。

「おはよう、安奈。誕生日おめでとう」
「ありがとう、達矢」

 本当の恋人同士なら、ここで手でも繋ぐところなんだろうが、あいにく俺たちは偽の恋人だ。プレゼントは、下校時にいつもの公園で渡そうと決めていたので、まだお預けだ。一組の教室へ行くと、先に登校していた拓磨と香澄がニヤニヤと俺の顔を見て笑った。

「いよいよ今日だね!」
「ああ、香澄。あのときは色々教えてくれてありがとうな。帰りに渡すつもりなんだ」
「はあ、良いなぁー! 青春って感じ!」

 香澄は腕を上下に振って悶え始めた。拓磨はというと、いつもの落ち着き払った様子で香澄の様子を眺めていた。

「そういえば、拓磨と香澄は恋愛に興味は無いのか?」

 俺が言うと、拓磨は小首を傾げ、香澄は頭を抱えた。

「わーん、どうしよう。ボクって、誰かを好きになったことが無いんだよね」
「ああ、オレもだ」
「彼女欲しいとは思わないの?」
「オレはどっちでもいい」

 拓磨はすっと答えたが、香澄は返答に悩んでいた。

「彼女、彼女かぁ……。ボク、今も十分楽しいし、もし彼女ができたらとか考えたこと無いんだよね。ネイルとか美容のことで頭がいっぱい!」
「ははっ、香澄らしいな」
「何さ、拓磨ぁー」

 香澄はポコポコと拓磨の腕を軽く殴りだした。拓磨はされるがままになっていた。

「あれ……西山くん、ネイル変えた?」

 芹香だった。香澄は殴るのをやめ、芹香に向かって手を突き出した。

「わかった!? 今回はグラデーションに挑戦してみたの!」
「うん、すぐわかった。綺麗だね」

 綺麗なのは芹香だよ。そんなこと言えるはずがない俺は、恨めしい目で彼らのやり取りを見つめていた。俺もネイルをすれば、芹香と話せるだろうかとまで考えた。

「っていうか、ボクのこと香澄でいいよ! ボクも芹香って呼んでいい?」
「うん、いいよ」
「ついでにこっちの拓磨も名前で呼んでやって!」
「ああ、うん」

 香澄は凄い。自然とこんなに距離を近づけている。こうなったら、俺も香澄に乗っかろうと思い、口に出してみた。

「芹香はネイルしないの? 似合うと思うけど」

 少し間を置いて、芹香は答えた。

「ちょっと、興味はある」
「じゃあさ、ボクがやったげるよ! 好きな色教えて? 明日にでもマニュキア持ってきて塗ってあげるから!」

 いいぞ、香澄。俺も芹香の好みを知ることができる。

「黒……かな。可愛いんじゃなくて、カッコいいのがいい」
「オッケー! じゃあ決まりね? 明日の放課後、教室でやってあげる!」

 その場にはぜひとも俺も立ち会いたい、と思い、俺はこう言った。

「香澄がネイルをする様子、俺も興味あるな。一緒に見ていいか?」
「全然オッケー!」
「まあ、いいけど」

 やった。これで、明日の放課後は芹香と過ごせる。俺は内心踊りだしたい気分だったが、何とか抑えた。
 それから、六時間の授業をそつなくこなし、俺は二組の教室に安奈を迎えに行った。もう、始めの頃のような視線を浴びることは無い。俺と安奈は、すっかり学年の公認カップルとして認識されているようだった。

「いつもの公園、寄って帰るぞ」
「あっ、うん。でも、今日は外食だから早く帰ってきなさいってお父さんが……」
「すぐ済むから」

 電車の中で、安奈は言葉少なだった。そりゃあ、期待しているのだろう。誕生日なのだから。大丈夫、拓磨と香澄にも選んでもらった。このプレゼントで間違いは無い。そう言い聞かせているのに、何故か俺は緊張し始めた。もし、気に入らなかったらどうしよう。そんな不安に襲われたのである。
 自販機でコーヒーと安奈の分の紅茶を買い、俺たちはベンチにいつも通り腰かけた。

「安奈、改めて、誕生日おめでとう。これプレゼント。開けていいぞ」

 俺は小さな包み紙を渡した。安奈は震える手で包み紙を解くと、シャランという音を立ててネックレスを取り出した。

「達矢……」

 それきり、安奈の言葉が出ない。どうしよう。間違えたのだろうか。安奈は下を向き、ネックレスの感触を確かめていた。俺が安奈の顔を覗き込もうとすると、空いていた手で跳ねのけられた。

「何だよ、安奈。気に入らなかったか?」

 スン、と安奈が鼻をすすった。まさか、泣いているのか?

「安奈……」
「あり、がとう。ありがとう、達矢。まさか、こんな、貰えると、思って、なかったから……」

 本当に安奈は涙を流していた。俺は慌ててブレザーのポケットに突っ込んであるタオルハンカチを差し出した。

「おいおい、泣くなよ」
「だってぇ……達矢とは、本当の恋人じゃないから……」

 困った。どうやったら泣き止んでくれるだろうか。ここは素直な気持ちを話すしかない。

「うん、本当の恋人じゃない。でも、その前に、大事な幼馴染だ。だから渡した。それだけで十分だろう?」
「そうだね。ありがとう、達矢ぁ……」

 俺は安奈の肩をさすった。彼女が泣き止むまで、ずっとそうしていた。