この話をするとき仲間たちは、おかしな顔をするのです。そんな踊り子はいなかったぜ、おまえさん、飲み過ぎていたんだよ、と。でもわたしはたしかに見て、聞いた。だれに話しても笑われるのですが、でも、と思うのです。
 彼女がいまどこの店で踊っているのか、ほうぼうを訊いて歩きました。しかし行く先行く先、首をかしげて「さあ、知らんねえ。そんな夢のような踊り子なら、噂になるはずなんだがね」と、こう答えるのです。

 そうして、あれは夢だったんだ、とわたしは思うことにしました。追えども追えども、たどり着けない彼女を諦めるために。
 いつしかそんな夢も忘れ、わたしは日々の仕事と、仕事帰りに店で一杯だけ飲む日常に戻っていました。
 それからしばらくのことです。彼女を見初めた日から一年ほど経った頃でしょうか、ある晩、彼女が、あの踊り子が優雅に舞っている夢を見ました。わたしは確信しました。やはり、自分は夢を見ていたのだ、と。

 夢の中で彼女は踊り、わたしは手拍子を打ちます。舞い終えた彼女はワンピースの裾をつまんでわたしへ礼をし、こういいました。
「ありがとう、ずっと見ていてくれて。でも、ごめんなさい。わたしは五〇年も昔にこの世から消えた農婦です。流行り病で死んでしまった、みじめな女なのです。けれども、死してなお踊り子という夢を捨てきれず、こうしてあなたの夢をお借りしておりました。ご迷惑でしょう? 気持ちの悪いものですよね、どこぞの死んだ女が夢に出て、勝手に踊るのですもの。かれこれ幾人もの夢に出て、悪魔祓いをされてきた女です。でも、もうおしまい。フィナーレです。本当に、ありがとう」
 彼女の顔が、美しく若い女から、働きづめの農婦のそれへと変わってゆきます。

「待って!」
 わたしは思わず叫びました。
「お願い、わたしの夢の中で踊っていてください。あなたはわたしの夢なのです。ほら、こうしてわたしもあなたの夢を見ることで、こんなにもしあわせな夢心地じゃあありませんか。あなたは、わたしに夢を与えてくれた。だから、どうか」

「ごめんなさい、でも、あなたのような紳士に会えて本当にうれしい思いでした。でも、娘や孫たちがわたしを待っているのです。ありがとう、さようなら」
「ああ、お願い、お願いだから」

 その夢を最後に、わたしが肌着や寝巻を洗う頻度はたいへんに減りました。労働に勤しみ、帰り際にいつもの店でいつもの酒を一杯だけ飲むのです。妻を娶ることもせず、女を買ってはひと晩をともにし、朝には疲れ果てた気分のまま、働きに出るのです。

 彼女に、彼女にまた会いたい。夢の中で彼女に会いたい。