戻ってきた彼女は袋を持っていた。中にはレジャーシートとパン、そしてペットボトルのお茶。僕の分も持ってきてくれた。

 彼女は『犬の分はないけど、ごめんね』と眉尻を下げ、シロにその言葉が書いてあるスマホの画面を見せる

 彼女はレインボーのパステル色したレジャーシートを引き、桜の木の前で座った。

 隣に座るのはドキドキするけれど、僕も一緒に座る。

 彼女は袋の中に入っているパンを出して、並べた。

 僕はカレーが好きだから、カレーパンを選んだ。彼女はイチゴパン。

 これは、花見だろうか。無言のまま、ただ桜を眺めながらふたりでパンを食べている。

 食べ終わると彼女は『桜、綺麗だね。私、桜大好きなの。久しぶりに見れて嬉しかった』と言葉を打ち、見せてくれた。

 僕はスマホを借りて『良かった!』とだけ打ち彼女にスマホを返した。そして慣れない笑顔で彼女を見る。

『私の名前は桃音。そちらは?』
『僕は春樹』。

 名前を伝えあってから、彼女は何か文字を打とうとしていたけれど、その手を止めた。少し経つと再び打ち出した。

『私ね、実は外に出れたの久しぶりなの。外が怖くなって、最近ずっと家の中にいたんだ』

 外に出るのが怖い……僕と同じだ。
 同級生と会うのはもちろん、知らない人とも目が合うだけで怖い。だから朝の、人と会わなくてすむ時間の散歩でしか外に出られなかった。

 だけどなんでだろう。彼女といるのは平気だし、むしろ居心地がよい。

 再び彼女からスマホを借りた。

『僕も同じ。外に出るのが怖くて、人と目が合うだけでも怖い。だけど、君となら平気だ』

 どんな反応するんだろう。ドキドキしながらスマホを返し、ちらっと彼女の顔を見る。ばちっと彼女と目が合うと微笑んでくれた。

『平気なんだね、うれしい』

 彼女はそう返事をくれた。その言葉を読むと、これ以上は何も言葉が思いつかないから、再びパンを食べながら桜を一緒に眺めた。

 小さな桜とシロと僕、そして彼女と。

 少しの期間だったけど、朝は彼女とシロと静かにお花見を堪能し、家では手話を覚える日々を過ごした。