次の日の朝、シロと散歩をしながら桜の木をあらためて確認する。変わらず夜中に魔法で出した桜の木は、空き地の隅にあった。

 桜の木を眺めていると、シロが突然彼女の家の方向へ行こうとした。いつもよりも勢いと力が強いシロ。子犬だから大丈夫だと油断していた僕はリードに引っ張られる。

「待ってよ!」
「ワン!」

 シロは彼女の家の窓に手をやり、カリカリと爪を立てている。

「ちょっ、ダメだよ!」

 窓越しにはいつものように彼女がいた。

 こんなに彼女の近くに来たのは初めてだ。
 今日も心臓がうるさくなる。

 だけどそんなことよりも、彼女に言いたいことがあった。シロは僕の気持ちに気がついて、だから引っ張ってくれたのかな。

『一緒に、桜、見る』

 昨日寝る前に練習した手話を彼女に披露した。桜はすでに覚えていて、〝一緒に〟は、左右の人差し指を合わせる。そして〝見る〟は、調べた時にいくつか表現方法があったけれど、今回の場合は多分、右手の人差し指と親指で丸を作り、右目に当てて少し前に出す。

 またきちんと通じるか不安だったけれど、彼女の前でやってみた。そして、桜の方向を指さした。

 彼女はうんと、頷いてくれた。上手く通じてくれて、ほっとした。彼女は目の前から一瞬消えて、戻ってきた。そして、窓を開けて靴を履き、外に出てきた。