ちょうど桃音ちゃんとお花見をしてから約十年が経ち、今年も桜が満開な季節がやってきた。

 シロといつものように桜を眺めている時、僕は視線を感じて後ろを振り向く。

 桃音ちゃんが、いた。

 彼女は微笑みながら会釈をする。
 僕は迷うことなく『久しぶり。元気だった?』と手話をした。

 彼女は驚いた様子の表情をした。あのころはぎこちなかった手話を、スムーズにやったからだろうか。『手話、出来るの?』と訊かれると『出来るよ』と答える。

 続けてふたりは手話で会話をした。

『桜、綺麗。まだここにあって、嬉しい』
『ここの土地、購入した。これからもずっと、桜はある』
『いいね』
『今日は、用事で、ここに来たの?』
『そうだよ。ここに来たら、あなたに会えるから。初めての一人旅。すごく頑張って、緊張した』

 僕に会えるから? 初めての一人旅。本当に頑張ってここまで来たんだろうなって思った。僕も外には出られるようになったけれど、いまだに遠くに行くのは緊張するし……きっと、着くまで色々大変だったこともあっただろうに。

『僕のために、ここに来たの?』
 答えは聞いていたけど。もう一度確認するように尋ねると、彼女は頷いた。
『どのぐらい、時間、かかった?』
『二時間』
 来てくれるって知って、彼女の住んでる場所が分かっていれば、どんなに遠くても迎えに行きたかった。
『どうして、僕に会えると思った?』
『あなたが、この桜を産んだから。あなたなら、桜を見捨てないと思った。桜が咲く季節には、絶対、ここに来ると思った』

 誰にも魔法で桜を出したことを知られていないと思っていたのに……彼女は知ってたんだ。

『この桜の木、僕が出したこと、知ってたの?』
『知ってた。桜が産まれた日、夜中に外を見ていたら春樹くんがいて、桜の木を出してた。春樹くんが帰るまで、ずっと見てた』
『あの時から、知ってたんだ……』

ということは、ずっと頭の中に残っている彼女の最後の『桜、ありがとう』は、僕が魔法で桜を出したことも含めてなのか。そう考えていると、彼女はピンク色の大きなカバンからカレーパンを出して『好きだよね?』と訊きながら僕にくれた。そしてあの時と同じレインボーのパステル色したレジャーシートを出して、桜の木の前で座った。

『二日間、こっちにいるから、また明日、ここに来ていい?』と訊かれ、僕はうれしくて「うん」と大きな声を出して頷く。彼女は笑顔になって、それからイチゴジャムパンを食べだした。

『最近は、どんな、人生過ごした?』
『あの桜を見せてくれた日からね……』
 僕が訊くと、彼女は詳しく教えてくれた。
 それからずっと手話で会話を続けた。僕は外に出られるようになって、昔よりは人と話せるようにはなったけど、口数は少なかった。会話が苦手なのはきっと、生まれながらに持った性格だから変えようがなく、誰とも会話を続けられないと思っていた。