告別式は対外的な側面もあり、ゆえに学生の参列も要請されたのだろう。弁当の底上げのようなものだ。果てしなく終わりの見えない弔辞を聞き終えたと思ったらひたすら長くひたすら凡庸な弔電があり、学生による焼香も最前列、四回生や学生自治会を中心としたグループに限られる。
 おれは少しどころじゃなく眠気を覚えていたが、いかんせんテレビのカメラだって入っている。できるだけ隠密に眠気覚ましをしようとハンカチで涙を拭くふりをしてフリスクを口に含む。が、ぽろりとこぼれ落ちた。拾いあげるときに隣を見る。
「新野?」

 ぼろ泣きしている。「おまえ、雰囲気に弱いタイプ?」こくこくと肯く新野。参ったな。こうした撮れ高を稼ぐにうってつけな素材、なかなかないな。いや、悠長に構えてもいられない。隣席のおれだって構図に入ってしまうこともある。トリミングしたりボカしたりが普通だが、数を演出する意図があればそうもいかない。群衆や通行人のたぐいには肖像権はほとんど通用しないという。この席周辺で泣いているやつが複数いたらそれこそアウトだ。
 おれも新野に倣って(厳密には違う、いや大いに違う)ハンカチで眠たげな顔を隠すことにした。
 思えばひどい人間だ。

「ああ、やれやれだぜ」
 寮生用のバスに乗り込み会場を後にする。「新野?」
「あ、うん。もう大丈夫」
「それって大丈夫になったことになるのか」
 新野はきょとんとしている。
「おれからしたら」湿気たフリスクを三、四個まとめて含む。「さっき自分的にウケたお笑いを脳内再生して眠気と戦わせて、式が終わってせいせいしてるようなやつがいたとしたら、そいつの方が一〇〇億倍大丈夫だよ。そんな気がする」
 新野は、ますます困惑していた。

 その夜。
 風呂も飯も済ませ、あとは勉強するか、寝るか、交代制で思索にふけるかのいずれかだった。塾講師の仕事から帰った三坂部がめずらしく盛りを迎えており、じゃあ今日は「思索の時」にするか、と意見がまとまった。この「思索の時」に唯一積極的でないのが新野で、三坂部や野々井の二人みたくトイレでぱっと終えている様子もなかった。参考図書などを用いてのゆったりとしたこの時に、である。

「ぼく、そういうのあまり得意じゃなくて、その」
「じゃあどういうのが得意なんだ。学生の身分でプロに依頼するのはそうたやすいことじゃない。だいたいさ、ただ廊下で見張りしていればいいのに、反論理由が脆弱すぎる」
 まあまあ三坂部、そうたぎらずに、とおれは一応止めるポーズをする。「新野も、空間とか異臭が苦手なら寮舎をうろついてればいいのに。あまり我が強いと——」
「——イヤなんです」
「は?」
「そういう、性欲とか、理性ある人間なのに本能に従うこととか。繁殖もそこから始まることとか。ほんというとコウノドリが運んできてくれたらって思う。確実に思ってる。だから、性の話ってぼくにとってはのべつ幕なしに排泄物の名称を叫び続けてるようなもんなんです。みんなも、三人ともスカトロプレイしたいって思う? ぼくにとっての性は、そういうこと。——消灯まではロビーで本でも読んでから戻ります」

 そういうと、新野は出て行った。
「何なん、あれ。みっちゃん分かるか」
「野々井には分からないということだけは分かる。思うに、僕と楠原しか知らないだろうな」
「知っていても」おれは財布を手に取り、立ち上がりながらいう。「理解はしてないな、三坂部も」
 そういい、球体状のドアノブを掴み、外へ出た。

「——僕だって」一人取り残された寮室で三坂部はうなだれた。「いや、いい。理解するかどうかは、僕が決める」

 がこん、と落ちてきた紙パックのジュースをテーブルに置く。
「ほれ、新野」
「楠原? どうしたの。——これまで会った奴じゃほぼ全員が『どうもしない』だったのに。楠原にメリットはないよ、何をどうするのかは分からないけど」
「じゃあそれは先入観ってやつだ。何をどうするか分からない以上、何も語れないんじゃないのか」
「楠原って案外めんどくさいんだね」
「新野君の後塵を拝す程度にはな」