「女王っていうなら、まずは女からだよなぁ」


 冷たい表情が、笑うように歪んでいく。

 波多君は不安定な足取りで、ゆらゆらと近づいてくる。


「ありすと心、どっちがハートの女王なんだ?」


 そう言って彼が後手(うしろで)に取り出したのは、二十センチほどもあるナイフだった。

 切っ先が私に向けられる。

 逃げなければ、殺される――!

 頭ではわかっていても、足に恐怖が絡みついて立ち上がることができない。


「ありす、逃げ――」


 咲真が叫んで、目前に迫った切っ先に私が思わず目を(つぶ)ってしまったときだった。


『ハートの女王が処刑を望みました』


 聞き覚えのある放送が流れて、波多君の手は止まる。


「……やっぱり、お前だな、ありす! 女王が処刑を望むのはいつもお前が危ないときだ!」


 波多君はそう言って、再びナイフを振り上げた――が、それが振り下ろされることはなかった。

 近くにいた水無君が、波多君を突き飛ばしたのだ。

 華奢(きゃしゃ)な彼は、きっと渾身(こんしん)の力を込めたのだろう。

 二人は一緒に倒れこんで――波多君が怒号をあげたとき。