いつでも止められるように身構えながら、彼の行動を見守る。

 恭君は鋏を手に取り、立ち上がる。

 振り返って、歩き始める。

 彼の動線上にいた心は、慌てて道を開けた。

 そして恭君は、やはり一直線にティーポットに向かう。

 中に手を入れ、そして出す。

 薔薇の元へと、こちらへ向かってくる恭君の手のひらからは、鮮やかな赤が、ぽたぽたと滴り落ちていた。

 ……ティーポットの中に、何が入っているのだろう。

 一瞬思い当たり、白羽部長の遺体があるほうを見たが、掛けられた布のふくらみからしてそこにあることは間違いなかった。

 だったらもしかして、別の誰かが……?

 嫌でも考えてしまうのは、唯一この場にいない――。


「恭! 演じたところで、何も変わらないじゃねえか」


 私の思考は、波多君の声で遮られた。

 先ほどから言う、『演じる』という言葉。

 それで思い出すのは、忌まわしき放送だ。


『アリスたちを演じて、どうか楽しませてくれよ』


 ……もしかしたら恭君は、演じているのかもしれない。

 『不思議の国のアリス』でも、薔薇を染めるシーンがあったはずだ。

 彼の役はきっと、スペードのトランプ兵。


「でも、こうしないと、女王に首を刎ねられるんだ」


 恭君に波多君の言葉は届いたようだったけれど、やはり彼からまともな答えは返ってこない。

 それを見た波多君は舌打ちをひとつ零して、私たちのほうを見た。


「まあ、いいや。全員揃ってる」