彼は白いはずの薔薇を、赤く染めていた。


「女王に首を刎ねられる……」


 そう、うわごとのように呟きながら。

 ぺたぺたと、子どもが遊ぶように、手のひらを薔薇の花につける。

 そうやって染められていく赤色は、一体何の色なのだろうか。

 嫌な予感しかしなかった。


「恭、君……」


 呼びかけても、彼は反応しない。

 虚ろな瞳に映すのは、ひたすらに薔薇の花だけだ。

 恭君の傍らに置いてあるのは、銀色の(はさみ)だった。

 切れ味の良さそうなその刃は、薔薇と同じように赤く染められている。

 ――その、赤色の正体は?

 そう問うたとして、返って来る答えが良いものでないことはわかる。

 恐ろしくて、訊くことができなかった。


「おい」


 波多君が低い声で言うが、恭君はやはり反応しない。

 同じことを繰り返している彼だが、もう、乾いた手のひらで薔薇を触っても白いままだ。

 その『絵の具』の正体は、何だろう。

 『自分の』なのか、それとも――。