「あ、謝らないでよ……」


 咲真の顔は見えない。

 ただ、少しだけ荒い息遣いと手のひらから伝わる体温が、彼がいつも通りではないことを証明していた。


「――嫌だった?」

「……嫌じゃない」


 そう言うと咲真は、「よかった」とため息混じりに言った。


「ごめんね、初めてがこんなときで」


 髪を撫でられる。

 私は首を横に振った。

 嫌ではない、嫌ではないけれど――今の体勢が恥ずかしすぎて、いつも通りを(よそお)って話せる自信がなかった。


「……震えてるよ、ありす」


 優しい声色(こわいろ)で呟いて、彼は私の隣に寝なおした。

 ……少しだけ、安心した。

 あの体勢がいつまでも続けば、私の心臓は爆発していたかもしれない。


「あ、あのねっ! 怖かったわけじゃないよ、でも、緊張しちゃって……」


 咲真は何も言わず、ただ、私の頭を撫でる。

 ふいに引き寄せられ、咲真の胸元に顔を埋めるかたちになった。


「俺も。……でも、明日無事かわかんないって考えたら、したいなって思っちゃって」


 私は、咲真を抱きしめた。

 うれしいとか、愛しいとか、色々な気持ちが混ざった結果の行動だった。

 本当は、大変な状況なのにこうやって幸せを感じている罪悪感とか、そんな複雑な思いもあるけれど、今夜だけは少しくらい温かい気持ちでいたいと思った。


「咲真……ここから、一緒に出ようね」

「……うん。俺は絶対に逃げ道を見つけるよ」


 もう一度、今度はどちらからともなく短いキスをした。

 手を繋いで眠りにつく。

 ここに来てから初めて、安心して夢の中へと誘われることができた。